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漫画家まどの一哉ブログ

   

読書

「ベロニカは死ぬことにした」 パウロ・コエーリョ 作

旧ユーゴスラビアから独立した小国スロベニア。中心都市リュブリャーナで有名なヴィレットと呼ばれる精神病院が舞台。ある日睡眠薬による自殺を試みた娘ベロニカが目を覚ますと、たくさんのチューブに繋がれて病院のベッドによこたわる自分がいた。自殺は失敗だった。しかも元々弱い心臓に負担がかかり、余命あと一週間ばかりであると医師から告げられる。残されたわずかな時間をこの病院の中でどうやって過ごせばいいのだろう。

ベロニカはこの病院の中で幾人かのわずかな話し相手を得る。それはあと数日で退院となるが、インシュリンショックによる治療の結果、一時的に魂となってさまよいだす経験を持つ鬱病の女ゼドカ。有能な弁護士として活躍しながらある日エルサルバドルの貧困を描いた映画を見て以降、精神のバランスを失いパニック症候に苦しむこととなったマリー。そしてベロニカが夜中に引続けるピアノのそばでじっと耳を傾ける多重人格障害の青年エドアード。これらの人々が外の世界でぶつかり思い悩んできた様々なことがらが語られながら、死を目前にしたベロニカは生きることへのまっすぐな態度を獲得していくのだった。

人間精神の病んだ部分をみつめて解きほぐしていく話がじつに読みやすい。いたずらに人生の意義を説くわけでもなく、スピリチュアルな世界を前提とするわけでもない。登場人物は極端な狂気を病んでいるわけではなく、誰にでも身近な混乱を抱いているところが親しみやすい。じつに素直に彼らの内面にシンクロして行ける。病める現代人の心を追いながらも、安心して落ち着いて読めるのは、経験からくる作者の人間性への信頼にあるのかもしれない。

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読書

「人間失格」 太宰治 作

これは人格障害者の半生記である。純粋な私小説ではなく、作者をモデルにしたモデル小説なのだが、あきらかに主人公は太宰だ。人格障害とはいわゆる神経症・精神病ではないのだが、いかんせん人生を平穏に送るにはいささか問題ある性格ということで、異常性格の分類と同じものかもしれない。

この主人公の場合、相手の感情を害することを極端に恐れ、全く自分を偽って相手の意向に会わせ、そのために終始道化を演じている。自分ではちっとも楽しくなくても世間が喜んでいれば、そこにかろうじて安心を見つけることができるが、基本的に世間及び他人は恐怖の対象である。少年時よりそういった企みの成功と失敗が語られ、長じては世間全体といったものの本質が、実は一人一人の他人がいるに過ぎないことに気付いていささか落ちつきはするものの、結局身の回りの問題からは逃げ回って酒ばかり飲んでいる、まことに情けない実例の数々が披瀝されるわけだ。 まさに「人間失格」だが、人格障害ゆえの人生をそういうなら、いろんなタイプの人格障害者は皆そう言って正解なわけで、このタイトル自体をさほど大げさに考える必要は無い。 

ここに心弱く純粋で真剣な精神が、理解なき世間と闘って敗北していく構造を読み取るのは、いささか美化しすぎだと思う。真剣であることは立派なことだが、作者の場合けっきょく酒に逃げているだけであり、読者はその弱さを同情しながら楽しめばよいので、弱いことを別の言葉で正しいことに転化させるのは一種卑劣ではないか。そういう意味で文庫本(新潮文庫)の奥野健男解説はむかしながらの文学者聖人説であって、弱き美しきかなしき純粋な魂という捉え方は聖化しすぎで、やはり簡単に人格障害だと言ってしまうほうが解りやすいのではないか。

ところでこの小説自体はウンザリするほど面白い。

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「コンラッド・ハーストの正体」 ケヴィン・ウィグノール 作

プロの殺し屋コンラッド・ハーストは、この仕事から足を洗おうと決心した。その為には自分の素性を知る4人の関係者を抹殺しておかなければならない。ところが一人殺した時点で、コンラッドは意外な真実を知る。自分に仕事を振っていたボスは実は偽物。後の二人は既にコンラッドの動きを恐れて行方をくらましている。しかも自分はCIAに監視されていて、次々と近づいてくる女たちもじつはスパイかもしれない。果たしてコンラッドは自分を利用していたCIAの男に会い、復讐を遂げることができるだろうか?

 

やはりときには動きの大きい痛快なエンターテイメント作品も読みたい。ところがいざ接してみると多くはすぐ投げ出してしまうのは、ひとつには文章が汚かったり、文体が馬鹿げていたり、また設定にリアリティが感じられなかったりするためだ。ときには半分まで読み進めたものでも、主人公の行く末に関心が持てなくて止めてしまったりする。

だから自分に合う痛快なエンターテイメントにめぐりあうのが一苦労だ。この作品は書店でパラパラ見て直感で買ったが正解だった。不快なセックスシーンも無いし、銃を使うシーンもじつにあっさりしていて助かった。主人公が失った純愛を大切にしているPTSDの青年というところも良かったのだろう。

 

エンターテイメントなので、主人公の殺人者としての迷いや葛藤をそれほど描いているわけではない。いとも簡単に人を殺してしまう。まだ相手との対峙と緊張がピークに達するまえに簡単に銃を撃つので、読んでいてびっくりするが、そこが作者のテクニックなのだった。とは言えこの種のものを読み馴れているわけではないので、自分にとってはいろいろと意外性の連続が感じられたのかもしれない。

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読書

「ヤング・アダム」 アレグザンダー・トロッキ 作

 

イギリスにも水上生活はある。スコットランド地方グラスゴーの運河を無煙炭などを積んで行き来する舟の暮らし。レスリー一家の船(家)でジョーも働いていた。ある日半裸の女の水死体を引き上げたところから話は始まる。とは言ってもそのあとは主人公のジョーが、だんだんとレスリーの妻エラに思いを寄せ、遂には肉体関係を繰り返すに至るまでの心理が克明に描かれるだけだ。身体だけが興味の対象なのだ。その行為までの過程は読んでいても特別の興奮をそそられるわけではない。

 

ところが実は引き上げた水死体はジョーの元カノのキャシーで、前夜会った時の思わぬ事故により彼女は川に落ちたのだった。ジョーはとりあえず自分が疑われるような証拠は消しているが、内心落ちつきはしない。そこへ見知らぬ男が犯人として捕まってしまった。どうやら死んだ彼女の直前の恋人らしい。しかも裁判は無実の被告に状況悪く進んで行き、このままでは死刑が適用されてしまう。

 

その後ジョーは船を降りて陸上のアパートに間借りしているが、裁判の行方が気が気で無い。かといって当然自分が名乗り出るわけではない。密会を重ねたレスリーの妻エラのことも、その後は関心が薄れてしまって、興味はエラの妹グウェンドリンに向けられたようだ。すべてに中途半端ではっきりしないまま、女に対する純粋な欲求のみがつのる。

 

話の半分以上は女の身体に対する関心で、エラやキャシーとの関係を綴りながら、さりとてエロティックでもなく、ジョーの茫漠としたつかみ所の無いおそらくリアルな心理が描かれているところが読みどころだ。この漠然とした感じがいいと言えばいい。

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「マンハッタンの怪人」  フレデリック・フォーサイス 作

初めて読んだフォーサイス。これは短いものだが充分楽しめた。 かの有名な「オペラ座の怪人」の後日談という設定。

怪人はパリ市内で多くの人々に差別され追われる身となるも、こころある一婦人の手によって密かにニューヨークへ亡命を果たす。そこで極悪人の若き相棒と手を組み、歓楽街コニーアイランドを拠点に自身はマスク(仮面)の男として身を隠したまま、ついに巨万の富を築く事に成功する。 いっぽう怪人をかくまって逃がしてくれたパリの婦人が病魔におそわれる。遺言として、いくばくかの預貯金をかのマスクの怪人に渡すよう、密命を帯びて遠路フランスから一弁護士がマンハッタンへやって来た。 

と、ここまでの展開だけでわくわくするが、弁護士はあっさりと目的を果たし、協力者の新聞記者が語り手となる。大恩ある婦人からの遺言状を読むや、怪人はオペラ界への復讐に目覚め、大金を注ぎ込んでマンハッタンにオペラハウスを築き、パリから一流のオペラ歌手を招いたが、それは自分がかつてオペラ座の地下で愛した美しきプリマドンナであった。

「オペラ座の怪人」がそもそも悲しい恋の物語であるように、マンハッタンの怪人も美しきプリマドンナとの愛を再び手に入れようとして敗れ去るのだ。彼女のつれている少年のほんとうの父親が自分であるのを知りながら。 最後は極悪人の相棒の暗躍もあって、悲しい銃撃戦に終わるのだが、怪人はその後マスクを外して心正しく生きていくのだった。こんなエンターテイメントストーリが嫌みなく読めるのは、ムダを省いてしかもしっかり書き込んだ文体によるのだろうか。フォーサイスの文章はみんなこのような緊張感のある締まったものなのだろうか。それとも訳文がいいのだろうか。他のも読んでみよう。

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「脱獄計画」 アドルフォ・ビオイ・カサレス 作

この作家、ブエノスアイレスで若くしてかのボルヘスの薫陶を受けたとなれば、当然眼も眩むような幻想性が期待されるところだ。

フランス領のとある大西洋上の島。そこは島全体が監獄で3つの島に別れており、1つはそこで働く住人の島、ひとつは囚人が自由に動き回っている島、もうひとつ悪魔島と呼ばれる小さな島に責任者である総督が政治犯3人とともに住んでいた。主人公は役人としてこの総督の元に赴任するが、悪魔島へ立ち入る事は禁止されている。この設定だけで既に浮世離れしているが、クライマックスまでは静かに静かに、謎が膨らむ形で進行する。もっとも主人公の恋人や赴任命令を下した一族の長との葛藤等も描かれているから、現実に生きる人間を描く側面も忘れられてはいない。 しかしうわさによると悪魔島では総督が岩肌や家の壁を迷彩色に塗り分け、部屋の中まで迷彩に塗ってあるというではないか。これはどういう意味なのだろう。はたして総督は既に狂気の人なのだろうか? 

主人公が何度か密かに悪魔島への侵入をくりかえすうち、ついに物語は急転する。悪魔島ただひとつの住居には天井のない5つの部屋に割り振られた監獄があり、その壁は赤や青や黄色に塗り分けられている。そして反対側の壁は一面の鏡。その5部屋の中央の部屋に脳手術をほどこされて、もはや正常な感覚を失った総督がいた。この島ではドクターモローの島の如く、まさに悪魔的な脳手術がおこなわれていたのだ。施術により5感が共通の感覚となってしまった囚人たちにとって、迷彩による視覚は果てのない遠景を現すのだった。視覚以外にも全ての感覚が混然となり遠方へ去ってしまった囚人たち。やがて彼らは幽かに触れるような謎の手によって次々と絞殺されてしまう。はたしてどうなるのでしょう。なんと不思議であることでしょう。

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「カロカイン」 カリン・ボイエ 作

1940年に書かれた近未来小説。核戦争後、徹底した監視と密告による管理体制をもって築き上げられた全体主義国家その名も「世界国家」。人々は個人としての幸福を放棄し、すべて国家の繁栄に身を捧げる事で人生をまっとうする。こどもたちも早くに親の手から取り上げられ、児童キャンプ・青年キャンプで国家の為の兵隊として教育されるのだ。

化学者である主人公は効果抜群の自白剤「カロカイン」を完成させ、公安警察に喜んで採用される事となった。自発的犠牲奉仕団の成員が告発によって「カロカイン」の実験台となり、内心の不平不満や迷い・困惑をだらだらと話しだす。法は改正され、国民は堕落した事を考えただけで処罰される事となり、こうして健全な国民のみによる完璧な国家体制ができあがった。

しかし「カロカイン」の作用は、主人公や人々に自己の本心を目覚めさせるという予想外の効果を生んだ。物語のクライマックスで主人公の妻は語る。我々の育てた子どもたちは明らかに我々の性格を併せ持った我々のもので、国家のものではない。同時に子どもたちはだれのものでもない本人自身の個性を持って生きている。我々は国家によらないほんとうの共同体(ゲマインシャフト)を実は求めているのではないか。

最後は他国による侵略によって主人公は捉えられてしまい、「カロカイン」政策の行方とゲマインシャフトの獲得はわからないままだ。ただし最終ページに添付された検察官の意見書によると、主人公はこの小説を書いたことによって国家の監視下におかれ、この手記(小説)自体は危険文書として管理されているというオチがついていた。

ナチスもスターリンも実際に見た作者カリン・ボイエ。これも初期SF作品というか古典的ディストピア小説だが、基本的には構成自体に初めからネタバレを含まざるを得ないので、このわざとらしさが気になるようでは完読はむりであろう。神意の如く国家を信じる主人公と内心に隠された迷いという設定で、読者はどうしても作為を感じてしまう。そこは作者の腕のみせどころで、単純な寓意に終わらない人間の描写あってこそ、近未来設定が生きてくるというものだ。むつかしいところだ。 (カリン・ボイエ:スウェーデンを代表する国民的女流詩人。1900〜1941)

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読書

「白衛軍」 ブルガーコフ

ブルガーコフと言えば、自分の中では奇想天外な幻想文学の作家としてとらえられているが、これはリアルでマジメなギャグの無い小説だった。しかし面白かった。

ロシア全土においてだんだんとボルシェヴィキの制圧地が増えてくる時代、舞台はロシア内ウクライナ地方の要都キエフである。1917年から1920年頃にかけてこの街を実質支配する勢力はネコの眼のように変わった。敗走を続ける皇帝の軍隊白軍と、勢力を増しつつある赤軍ボルシェヴィキ。その間にウクライナ地方の独立を図る民族主義者。それを傀儡としたいドイツ軍など。こんな場合街に暮らす民衆は誰の指令を受け入れて難を逃れるか、なかなかに容易ではない。

物語はこの街で医師として暮らす長男、その妹、学生である次男という三人のトゥルビン家の人々の戦いを描いたもの。長男アレクセイは軍医として、そして次男ニコルカは学徒兵として、ともに伝統ある皇軍の兵士となりキエフの街を守るために参戦する。しかしこの時点で既にソビエト革命は成立しているらしく、トゥルビン家の兄弟が出陣したその時、白軍の上層部は白旗を揚げて街から脱出してしまう。あわれアレクセイやニコルカは後ろ盾なきまま取り残されたのだ。このときキエフの街を制圧したのはボルシェヴィキではなく、ドイツ軍より権限を委譲されたウクライナ民族独立派のペトリューラ軍だった。キエフ市街でペトリューラ軍に包囲されるなか最も最後に包囲網を脱出し、我が家へたどりつくまでの兄弟それぞれの苦難の道が興奮するところだ。

さて作者ブルガーコフは既にソビエト政権が確立した後で、この白軍の人々に心を寄せた物語を書いており、この内容でソビエトで作家として食っていくのはまさに綱渡り的な離れ業であったらしい。その後スターリンと一時和解できたが、多くの時間を作家としては仕事を失ったまま過ごしたのだから。

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「アックス86号」

自分はいつも菅野さんの「筋子」シリーズを最初に読むのだが、いつもにもましてすごい絵だ。なんでこんな絵で漫画が描けるのか?菅野さんがゲロ吐いた渋谷駅がぶっ壊れとるやないの。一貫して死と破滅のニオイが漂うこの世界は作者の年齢あってこそ描けるものと自分は思う。

 

新人賞の佳作「ユングフラウヨッホ」は絵も話もとってもいいですね。いや、漫画にとって絵と話はやはり一体となっているものですね。

奨励賞の「暖かい日陰に」も面白く読みましたが、絵がジミなのはいいとしても今後絵の魅力が増す事を期待します。ガロ派の表現はおとなしいが、やはり見せコマは存在するものですから。

 

新人作品のあとに本さんや河井さんの作品を読むとやはり作りにムダがないのを感じた。『モリミテ」が新展開だった。「茶番なカッパ」たちはなんとも可愛らしい。

 

 

「マガジンNo.1」

ほとんど炭子部山さんの漫画で埋められているが、自分はこの人のファンなのでどれを読んでもおもしろい。絵がやや乱暴だからメジャーには向かないのかもしれないが、画質に味わいがあって、ネタも愉快愉快。

 

久しぶりに斎藤種魚さんの漫画を読んで満足。これはずいぶん前に描かれたもののはずだが、コシヒカリものはやっぱり面白い。甲野酉さんの作品もずいぶん前に描かれたものだとおもうが、おなじみの男と女の世界だ。半私漫画だ。甲野酉さんは別冊の「イオリの場合」という中編もあって、現実に対して容赦のない世界がある。

香山哲も相変わらずツメコミすぎだが、ネタはおもしろい。

そんな友人以外の作品でも独自の絵を持つ作家ばかりで、おおいに気に入りました。

 

「うさぎのヨシオ」

この近藤聡乃さんの4コマ漫画が面白くて、毎日ちょっとづつ楽しんでおります。

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映画(mixi過去日記)

「波止場」 ON the Waterfront 1954年  

監督 エリア・カザン 出演 マーロン・ブランド、 エヴァ・マリー・セイント

アカデミー賞8部門を受賞、実話に基づいて作られた社会派ドラマ。 手配師に指示されるままその日その日の仕事にありつく、ニューヨークの港湾労働者たち。だが実質ヤクザ組織の支配下にあり、給金すらピンハネされている始末だ。その不正を警察に訴えようとした者は、容赦なく暗殺され、仲間にはチクリ屋の汚名を着せられてしまう。

主人公、元ボクサーのテリー(マーロン・ブランド)は友人の殺される現場を目撃。友人の妹と正義派の神父が、ヤクザ組織との戦いを決意する中で、テリーの心もゆれ動いて行く。神父の立ち上げた集会に参加した労働者は殺され、ヤクザ組織の顧問だった法律家の実兄も殺害され、ついにテリーは法廷で証言に立った。

と、ここまではセオリーどおりの展開で、ヒロインや悪者の設定といい、あまりにもパターン的。実話がもとになっているとは言え、こうまでエンターテイメントの約束の中で作られると、まるでリアリティを感じない。なぜこれがアカデミー賞か?と疑問を感じるところ。

だが、主人公が証言に立った後がややリアルで、テリーは正義に従ったのだが、保身を第一とする港湾労働者仲間からは、サツにちくった裏切り者として扱われてしまい、仕事も失ってしまう。ついにヤクザのボスとテリーの素手の決闘となり、テリーは半殺しの目に遭うのだが、そのとき初めて労働者たちはヤクザの命令に背くのだった。

マーロン・ブランドって不思議な顔してるねえ。 かなり奥目で腫れぼったい上まぶたなのだが、濃い二重という複雑な目!

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