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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「シュルレアリストのパリ・ガイド」
松本完治 著・編・訳
(エディション・イレーヌ)

ブルトン中心にシュルレアリスム運動最盛期の軌跡をMAPを見ながら振り返るパリ案内。当時の写真も豊富に、地図をくりかえし掲載して追いかける珍しくも楽しい一冊。

自分はシュルレアリスム運動に人一倍興味があるわけではなく詳しくもないが、興味に打ち勝てず購入。ネットで検索すれば当時とあまり変わらないパリの街の様子を楽しむことができるよう配慮もされている。しかしなんといっても実際のパリを経験しているのとしていないのでは実感が違う。体験していなければ街並みを正確に追ったとしても同じような表面的な印象に終わってしまう。それより本書の意図とは少し違うかもしれないが、シュルレアリスム運動史としておもしろかった。

ブルトンは真面目ないいやつだが、ちょっと一本気というか融通が利かないのか、もう少し緩やかな集まりすれば離合集散も少なかったと思われるが、やはり組織的すぎた。デスノスのナチズムと戦う姿は実に勇敢で悲惨だ。シュルレアリスム運動も遠い昔のことのような気がするが、最後の動きがあったのがブルトンが死んで3年後の1969年。スーポーが死んだのが1990年だから同時代と言えるのかも。

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読書
「アラバスターの壺/女王の瞳」ルゴーネス幻想短編集
ルゴーネス 作
(光文社古典新訳文庫)

ラプラタ幻想文学の源流、アルゼンチン文学の巨匠ルゴーネスの短編集。

ボルヘスやコルタサルに先んじた書き手だが、両者ともやや苦手な自分としてはどうか…。
幻想文学と言っても多種多様で、いかにも短編らしいストーリーのまとまりがあるとかえって幻想味が薄れてしまう。この作家の場合表現自体に悪夢的なイメージが氾濫するといった風情はないので、よくできた短編だとそこのところがいまひとつかなといった印象はある。むしろ短編より短い掌編のようなものが、逆に説明不足のよさ、なにがおきたのか訳の分からなさがあって、不思議な感覚が得られてよい。ぽーんと放り出されたような面白さ。
カバラや古代エジプト、あるいはマッドサイエンティストなど今ではおなじみの道具立だが、発想はオリジナルで手を替え品を替え出てくるのは、著者が自然科学に博識なためと思われる。

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読書
「青きドナウの乱痴気」良知力 著
(平凡社ライブラリー)

去年阿部謹也を読んで面白かったので、良知力も読んでみた。
1848年ウィーンに吹き荒れた革命と反革命の嵐を、当時暮らしていた民衆の視点から描いた社会史の傑作。

まず当時のウィーンの街の構造。城壁の内側と外側に住む人々にどんな違いがあるか、またさらにその外側のエリアに暮らす人々など、少しずつ学びながらしだいに3月や10月の騒乱に踏み込んでいく。
同じことでも歴史学の本で読むとどうしても宮廷と民衆の対立の構造、または周辺国の軍事的動向などを追っていくことになりがちで、理解の質が硬い。また革命というものを市民革命からプロレタリア革命への単線的な基本構造に当てはめてしまいがちである。

ところが城壁内に住む市民と言っても多様で、同じ職人と言ってもパン屋と肉屋は上級であり下層市民に対して横暴な商売をしていたなど、細かな差異があるのも初めて知った。市民には市民のプライドがあり郊外から流れ込んでくるプロレタリアートなど完全に見下している。宰相メッテルニヒは批判するが皇帝は大好きで、プロレタリアートは大嫌い。そんな市民軍が何を守ろうとしているのか。市民軍と国民軍との違い、徐々に勢力を増すプロレタリアートなど事態は単純には成り行かない。

反権力的な意思表示が、シャリバリ(猫ばやし)という笛や太鼓を鳴らしての楽しい大騒ぎから始まるのは古今東西ありがちなことかもしれない。また多くの学生は困窮しており、アカデミー兵団を作って下層市民と連帯するが、夏休みに帰省するとその後帰ってこないなど、さもありなんと思われる。次第に女性が目覚めて女性のみの軍隊を組織するなど興味深いが、そもそもウィーンの下層階級の暮らしが悲惨すぎるのである。

通読しておもしろいが、歴史全体を把握するのはたいへんだ。

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読書
「演劇とその分身」A・アルトー 著
(河出文庫)

60・70年代日本の前衛演劇界に多大な影響を与えた本書は、その世界の人々にとっては今更ながらの古典であろうが、私のように演劇・舞台芸術に縁のない人間にとっては、とりあえずアルトーの思想に知識として触れておくといった読書となります。

西洋の演劇が台本に基づいたセリフ本位の心理劇といった底浅いものになってしまっていることを批判。インドネシア・バリ島の演劇のように言語以外の身体的表現を多用した演劇空間に立ち返るべきではないか。そのための方法としてダンス・歌・パントマイムその他スペクタクルを活用、言語的な演劇から運動・形態・色彩・振動・姿勢・叫びを総動員した演劇へ。
アルトーはひたすら純粋に観念的に理想を膨らませるが、友人への手紙で本人も言っている通り「私のやりたいことは、言うよりやるほうが簡単である」というものなので、当時アルトーの見たバリ島の演劇含めて、過去に戻って彼の企画した実演を見るほうがほんとうは早い。

アルトーの言う「残酷の演劇」の残酷とはこの世に生きるリアリズムのような、生きることの覚悟のような意味と思われたが、違うかもしれない。

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読書
「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」
ジョイス・キャロル・オーツ 作
(河出文庫)


著者自選短編集。「ミステリ/ホラー/ファンタジーの垣根を越えて」という謳い文句で幻想文学的なものを期待したが、まっとうな通俗小説だった。文章は人物の心理描写含めてストーリー進行のために費やされているので、読みやすいが鑑賞するところはない。したがって2ページ読んだらゲンナリして本を閉じてしまうことも多いが、スリリングなシーンではさすがに目が離せない。

「とうもろこしの乙女」:少女監禁ミステリー。犯人は同じ学校の3歳年上のパラサイトぎみの秀才少女で、その歪んだ過剰な自意識がおそろしい。この少女の人物造形が作品の緊張感を生んで成功している。
「化石の兄弟」「タマゴテングダケ」:この2作とも活発で外向的だが誠実さのない兄と、病弱で内向的な芸術家肌の弟の対立と破滅という話。バルザックの人間喜劇「ラブイユーズ」を思い出す。
「頭の穴」:美容整形外科医が金に目がくらんで密かに頭蓋穿孔手術を行い失敗するミステリー。手術シーンが恐ろしい。手術を失敗した外科医が果たして逃げおおせるのか最後まで書いていないが、おそらく無理っぽい。

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読書
「第四の手」(上・下)
ジョン・アーヴィング 作
(新潮文庫)

主人公パトリックはゴシップTV局のレポーター。サーカス取材中にライオンに左手を食いちぎられ、その様子が全米に生中継されてしまう。屈指の技術を持つ変人外科医によって左手の移植手術を受けるが、移植された左手の元の持ち主の妻ドリスが、夫の左手を慕ってあらたに子供を作ろうとやってくる…。この設定で繰り広げられるコメディかなと思っていると、左手は再び切り離されて物語の前半が終わってしまう。

後半はプレイボーイの主人公の本気の愛と、迷いながらも少しずつ愛を受け入れようとする未亡人の心の動きを丁寧に描いて、最終的には心暖まる大人の恋愛物語だった。日本での取材シーンもあって面白かった。

しかし前半の奇矯な設定は後半になると何処へやら。あれだけ量を割いた外科医の人生も出てこない。未亡人ドリスも夫との思い出と子供への愛に生きる誠実な女性として描かれているが、そもそも移植された左手を亡き夫そのものと見なして、パトリックとの間に子供を作ろうとすることが異常な行動だ。せっかくの移植された手というおもしろそうな設定を途中で捨てて、純粋なるラブロマンスに収斂していくが、やはりほんとうは愛が書きたかったのだろうか。

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読書
「生きている兵隊」石川達三 作
(中公文庫)

自分が青少年のころ書店には必ず並んでいた石川達三の文庫本。それもすっかり見なくなって、もう忘れられた作家になってしまったのかもしれない。そんな思いを持って初めて読んだが、見事な社会文学の傑作だった。

戦記文学はいろいろと読んだが、私小説ではないにせよ梅崎春生にしろ島尾敏雄にしろ自身の体験をもとに主人公が内心を語る形で描かれているものが多い印象だ。それらももちろん面白いが、この作品はそれとは違っていて第三者的な目線で登場人物たちの動向を追い、当時の軍隊自体を客観的に明らかにする書き方。文庫本惹句にはルポルタージュ文学とあるが、そうではなく取材を元にしっかり創作された作品である。

物語は日中戦争時、上海から南京へ向けて作戦を遂行していくある部隊の激戦と戦闘時以外で繰り返される殺戮・強奪・強姦などがあからさまに描かれる。相手をゴミ屑・虫けらのごとく扱っているうちに、自分たちも同じゴミ屑・虫けらと思うようになり、人間として尊重されることを見失っていくさま。そんな葛藤に野鄙で野蛮な精神を学ぶことにより蓋をして、一人前の軍人として仕上がっていくさま。そしていったん戦争の空白が生まれるといきなりまた精神のバランスを失ってしまう。そんな戦時における人間をていねいに描く。

驚いたのはこれが書かれたのが、昭和十三年(1938年)の日本が軍国主義一色に染まっていく最中であったことだ。発表即発売禁止にされたが。この文庫本では発行当時伏字にされていた部分がわかるようになっている。

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読書
「ロミオとジュリエット」
シェイクスピア 作
(新潮文庫)

福田恆存の訳で新潮文庫のシリーズを読んできたが、今回は中野好夫訳だった。これまた古風な味わいがあるが、古き昭和の東京下町言葉の面影を感じる。

もともとセリフが大げさなのは仕方がないが、ほとんど無駄口と思われるほど冗談や駄洒落・下ネタが多く、壮絶な悲劇として抱いていた印象とまるで違う。これは登場人物マキューシオの冗談好きの減らず口という性格設定のためもあるが、こんなにジョークが必要だろうか。
解説でわかったのだが、シェイクスピアの時代の舞台には背景の書割といったものがなく、情景描写はひたすら登場人物のセリフによってなされるという事情があるのも、セリフが長大な所以らしい。

恋にトチ狂った若者の導き役として登場する僧ロレンスが物語を落ち着かせる役割をしていて、話がまとまっていく気がする。まともな大人はこの人くらいで、モンタギュー、キャピュレット両家の両親は明らかに頑迷な人物だがこれは役どころだから仕方がない。ジュリエットの乳母は味方なのか敵なのか、ころころ態度を変えるまことに人間味あふれるキャラクターだった。

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読書
「タテ社会の人間関係」中根千枝 著
(講談社現代新書)

刊行から50年のベストセラー。実はこの本は母親のお気に入りで、ずっと実家の棚にあったのだが、今回初めて買って読んだ。

きわめて理路整然とわかりやすく日本社会の基礎構造を解き明かして納得の行く内容。「職種よりも会社名」「嫁の立場そっくりの従業員」「ヨソ者意識が生む非社交性」「序列意識には能力主義もたじたじ」「もともと契約精神が不在」「論理よりも感情が優先」などなど…どれもこれも今までさんざん言われてきたことだが、思い当たることばかり。
近年では終身雇用制の崩壊、非正規ブラック労働の蔓延、少子高齢化による弊害など変化してきている面もあるが、基本的なものは変わっていないと思う。(たとえば日本型リーダーが下位の者の意見調整型のトップであるのはそうだろうが、失われた20年の間ではトップが老害化して技術革新や働き方改革の波に乗り遅れている)

ではなぜ日本のみが世界でも珍しいタテ社会になっているのかが、通読中の疑問であったが、巻末近くに社会の「単一性」があげられていて、やはりそうだなと思う。「圧倒的多数の同一民族によって占められ、基本的な文化を共有してきた」「本書は『日本人の特質』ではなく、あくまで『単一社会の理論』とよぶべきものである」。
そうであれば今後少しずつ多人種社会に近づいていくことによって200年後には日本も変わっているかもしれない。

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読書
「富士日記を読む」中央公論新社 編
(中公文庫)

武田百合子「富士日記」に関する感想・書評・帯文・解説などと、百合子・泰淳のエッセイを集めて構成した一冊。小川洋子、川上未映子、島尾敏雄ら作家や担当編集だった安原顯、村松友視の文章も。百合子・泰淳の山荘での写真が多数掲載されているので購入。

小川洋子の富士日記に寄せる文「宇宙のはじまりの渦を覘く」が秀逸で、これにつきるのではないだろうか。以下抜粋。
「普通、装飾をはぎ取り、物事の本質を見通そうとする時、抽象的なものに集約されがちだ。例えば、友情や人生や無常といった、誤魔化しのきく便利な言葉に。けれど百合子さんはそんな言葉に頼ったりしない。友情よりも、紫色の牛肉の方がずっと魅惑的だと、『富士日記』を読めば誰にでもすぐ分かる。」
「百合子さんの綴る言葉たちは、背負っている辞書の意味を一旦下ろし、日記の中でのびやかに振る舞う。意味を与えられる以前の、原始の姿を取り戻しているかのように思える。それらは頭で組み立てる意味よりももっと大事な、本当なら言葉にできないはずの響きをまとっている。」
「『富士日記』を読むことは、平凡な日常生活の中にともる光に導かれ、思いがけないはるかな旅をするのに等しい。自分の生きている世界はこんなにも豊かに奥深いのかと、今初めて知ったかのような驚きに心打たれる。」

ちなみにわたしは『富士日記』文庫本上巻の前半を読んだだけで、あとはいつでも読めるからと後回しにして「犬が星見た」「日日雑記」など他のエッセイを読んだきりという体たらくであります。

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