漫画家まどの一哉ブログ
「ボディ・アーチスト」 ドン・デリーロ
「ボディ・アーチスト」
ドン・デリーロ 作
(新潮社・上岡伸雄 訳)
夫を亡くしたボディ・アーチスト(パフォーマー)の彼女。自分以外誰もいないはずの家に一人の少年が隠れ住んでいた。時間の感覚を持たない特殊な少年との交流は?
極めて珍しい設定の小説。しつこいくらい綿密な夫婦二人の朝食シーンから始まるが、すぐさま夫が自死した後の時間へと移る。
家に隠れ住んでいた少年はおそらく知的障害者らしいが、知らずに聞こえていた夫婦の会話をよく覚えていて、そっくりの声色で再現することができる。しかしこれは彼にとって意図的なものではない。ほとんど喋らない彼の発話は文脈というものがなく、時間の前後関係が混乱している。
彼女は亡き夫の声が聞きたいのだ。テープレコーダーを使いながら少年にひとつひとつ言葉を教えるが要領を得ない。未来は過去形で語られ過ぎ去ったはずの出来事が予測される。彼の脳内では意識がひとつの連続するものとして成立してなくて、前後関係から独立した瞬間瞬間があるだけなのだ。時間の連続を意識できなくては自分の存在を感じることもできないだろう。
この設定を説明されてから作品が進行するわけではないので、読者は彼女と同じ困惑をおぼえながら、少年の発話に付き合うこととなる。わかりにくいことこの上なく、読んでいくうちにしだいに少年のこの特質に気づくようにもできていない。彼女がそれに思い至るのを待たなければならない。
不親切と言えばそうだが、彼女自身の質素な生活や体のストレッチシーンなどもあるので小説としての落ち着いた楽しみはある。後年、彼女のパフォーマンス活動は瞬間が無限に引き伸ばされたものとなるのだった。
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