漫画家まどの一哉ブログ
音楽と人生
音楽というのは、ただいろんな高さの音が連なっているだけなのに、聴いて悲しかったり、楽しかったりする実に不思議なものだ。これこそ純粋芸術というやつか?たとえば現代のピアノ曲の中には、その一つ一つの音の関係が、純粋に美しいものがある。感情ですらない。
それにくらべて言葉というのは全く具体的なもので、歌の文句はいやでも生々しい人生の局面が反映される。青春もあるし、恋愛もある。
この正反対とも思える音と言葉を、同時に鑑賞するのが自分には至難のわざというのが前回の日記の話で、そういう人も多いようだ。
さて別の話。
青春時代に親しんだ曲を、宝物のように愛し続けて、もうそれ以降のミュージックシーンとやらは、興味が持てないよ。という人も世間には多くて、それはそれで幸せ。ただ新しい曲をいくら聴いても、「やっぱり昔のお気に入りが一番」となってしまうのは、もったいない話だなとも思う。
その点、自分のように砂を噛むよなショボイ青春を送った者は、あまり人生と音楽が絡んでないから自由だ。なんでも聴きます。でもサカナクショ…とか申請カマッテチャ…とかだけじゃ追いつかないけどね。ジョン・ケージのピアノ曲がとっても美しいのは人生を遠く離れるからだという気がします。
それにくらべて言葉というのは全く具体的なもので、歌の文句はいやでも生々しい人生の局面が反映される。青春もあるし、恋愛もある。
この正反対とも思える音と言葉を、同時に鑑賞するのが自分には至難のわざというのが前回の日記の話で、そういう人も多いようだ。
さて別の話。
青春時代に親しんだ曲を、宝物のように愛し続けて、もうそれ以降のミュージックシーンとやらは、興味が持てないよ。という人も世間には多くて、それはそれで幸せ。ただ新しい曲をいくら聴いても、「やっぱり昔のお気に入りが一番」となってしまうのは、もったいない話だなとも思う。
その点、自分のように砂を噛むよなショボイ青春を送った者は、あまり人生と音楽が絡んでないから自由だ。なんでも聴きます。でもサカナクショ…とか申請カマッテチャ…とかだけじゃ追いつかないけどね。ジョン・ケージのピアノ曲がとっても美しいのは人生を遠く離れるからだという気がします。
PR