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漫画家まどの一哉ブログ

   

読書
「離れがたき二人」
シモーヌ・ド・ボーヴォワール 作
(早川書房)

女性に対してのしかかる伝統的カトリックブルジョア階級の桎梏。唯一無二の友人と生き抜いた若き日の実体験をもとに書かれた未発表作。

友人アンドレ(女性)に対する母親の縛りがあまりに強く、全く自由がない生活に呆然とする。女の人生というものが初めから設計されていて、母から娘へと頑なに生活の些事から結婚に至るまで踏襲されなければならない。
これは違うかもしれないが、母親は自分が儘ならない人生を歩んできた以上、娘にもそれを強要し、娘が自由に生きることを許さない。自分より上の人生を歩むのを引きずり降ろそうとする。これは嫉妬がその理由でしばしばあることと思う。

さてアンドレが恋い焦がれる男性パスカルも、自分のほうから老いた父親の願いを忖度して、婚約を希望するアンドレの思いを伝えようともしない。どちらも自分の人生は親の意思最優先である。これが伝統的な上流カトリック家庭の慣わしなのか。

それにしても何もかもが人格神との対立として把握される考え方に、どうしても不自然なものを感じてしまう。超越的なものに意思がありすぎる。これがキリスト教だと言われればそうなのだが、事態がいたずらに過激なっているような気がしてならない。

伝統的カトリックブルジョア階級の女性に他する抑圧。没落した家庭からスタートし、無神論者でもあるボーヴォワールであればこそ、この問題に気づくことができた。

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読書
「ヴィルヘルム・テル」
フリードリヒ・シラー 作
(幻戯書房ルリユール叢書)

スイス建国の契機となった14世紀の動乱。弓矢の腕をもって悪代官を打ち倒し、民衆を勝利に導く英雄ウィリアム・テルの物語。

テルは確かに勇気と体力に秀でた英雄だが、あまり考えて動くタイプではなく、民衆の会議に参加してリーダーとなるような男ではない。目の前の困っている人のためには命も惜しまないし悪代官には屈しないが、神聖ローマ帝国皇帝には忠信をささげる案外保守的なところがある。

そのせいか3州が悪代官の圧政に反旗を翻し結束にいたるまでの経緯には全く関わらない。したがって物語が進行していく前半には意外にもほとんど登場しない。
この悪代官があまりにも絵に描いたような悪者で、虐げられた民衆には悪人はおらず、屈折した人物といえば男爵の甥が恋に焦がれて祖国スイスを裏切ろうとするが、逆に恋人に諌められるというくらいで、この恋人の女性も登場するや否や正論を説くが今ひとつどういう性格なのかはっきりしない。

かくのごとくこの作品は劇を見るものにあまりにも分かりやすく記号的に設定されており、人物の葛藤や迷い・懊悩などをリアルに描くことは省かれている。そのぶんストーリー本意で進むので楽しく読めるが、肝心のテルは物語の主軸からちょっとはずれたところで弾けている花火のような微妙な存在である。

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読書
「アダムとイヴの日記」
マーク・トウェイン 作
(河出文庫)

アダムとイヴが出会い、お互いの理解が深まってゆく様子をそれぞれの日記を通して描く。ユーモラスで愛に溢れた小品。

「アダムの日記」最初の人類であるから、自分たちや動物たちや周りの世界がなんのためにあるのか二人とも何も知らない。アダムに至っては自分たちの赤ん坊が何なのかわからないし、イヴが泣いているのもわからない。超鈍感でおおざっぱな人間で、馬鹿なのかと思うほどだが男というものはそんなものかもしれない。もっともこれはユーモア小説。

変わって「イヴの日記」の方はうんと細やかな感情や、世界に対する好奇心、実験的な進取の気性に富んでいて生き生きとしている。自然を愛し動物を友とし、地球に生まれてよかった。最初は観察的に見ていたアダムのことがだんだんと好きになり、やがてお互いなくてはならない存在になっていく。その理由はもっぱら相手が異性だからというものだが、それ以上の深い愛が育っていく。

最終ページ。イヴに先立たれた後のアダムの一言が涙を誘う。

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読書
「詐欺師の楽園」
ヴォルフガング・ヒルデスハイマー 作
(白水Uブックス)

小国の財政を救ったのは、不世出の贋作作家による架空の画家の業績でっちあげだった。やがて有名画家となった青年はこの悪事に巻き込まれ波乱の人生をおくることとなる。

実在しない過去の画家をでっちあげて国家ぐるみで高額を稼ぐという着想がそもそも面白いのだが、汽車を止められて車掌に現金を要求されたり、国境沿いの河原でスパイ容疑で拘束されたりと、仕掛けも展開も凝っていて興をそがない。

この天才贋作作家が絵に対して生来なんの愛も想像欲も抱いていないという根っからの詐欺師で、この人物の会話シーンが最も生き生きとしている。画家となった青年は手記を書いている時点で、既に死んだことにされて画業から離れているので、いたって虚無的な語り口だ。

ストーリーはたっぷりとあり、意外な展開が続出するくせに文章自体は落ち着いていて、ややノリが悪い気がするが、これも作者が詩人の資質を持ちながら詩人の高みから降りようとする文学運動の担い手であったからか(解説粗ら読み)、違うか…。

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読書
「象の旅」ジョゼ・サラマーゴ 作
(書肆侃々房)

オーストリア大公への贈り物として、ポルトガルはリスボンから遥かウィーンまで旅することとなった象と象遣い。史実に基づいて描かれたサラマーゴ83歳のユーモア小説。

サラマーゴは以前読んだ「白の闇」の通俗性に比べると、こちらのほうがずっと良い。地の文とセリフが分け隔てなくひと続きで書かれているのも、気持ち良くスラスラと読める。

象と象遣いだけでなく、飼葉や水樽を乗せた牛が引く荷車と人足、護衛は馬で行く胸甲騎兵隊、途中からはオーストリア大公の馬車も加わって重量級の大所帯が、アルプスを越えてゆくのだから史実とはいえ面白くないわけがなかろう。

時代はルターが免罪符批判の張り紙を張り出してから30年。象を奇跡の演出に利用しようとするカトリック教会とルター派のオーストリア大公。その間で微妙な立場のインド人象遣い。これは気苦労だ。
雪中の行軍も死者続出の悲惨なものではなく、全員無事の平和な成り行き。計画されたミッションが功を奏した。ポルトガル領内では隊長、それ以降はオーストリア大公がリーダーとしてよくやっている。ひとつのプロジェクトに挑む一時的な小集団の物語として楽しく読める。

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読書
「十六の夢の物語」ミロラド・パヴィッチ 作
(松籟社)

セルビアの過去から現代を自在に行き来して、まさに夢の中を彷徨う真正幻想文学。珠玉のアンソロジー。

著者がセルビア古典文学の研究家で大部の文学史を上梓しているだけあって、古代や中世の設定などで物語が始まる。舞台はベオグラードや、ボスニア・ヘルツェゴビナ、サラエヴォ。多く登場するギリシャ正教や東方協会などの修道士。それだけでかなりエキゾチックな印象があり非日常の感覚を味わうことができる。ストーリーも直線的でなく簡単に時空を飛び越えたりするので、なにか掴みきれないうちに夢の中に置き去りにされたような読後感がある。以下、少し紹介。

「アクセアノシラス」:修道院の7つの扉。それぞれ鍵番がいて歴代の王の秘密を守っている。扉の中に迷い込んで永遠に彷徨い続ける王たち。王の残した詩作は書いても読んでもいけない。ある修道士はこの作品の現代語訳を命令されるが…。

「ドゥブロヴニクの晩餐」:17世紀初頭、ある修道僧は密かに蜜蝋を使って全世帯の合鍵を作り、他人の家を覗き見することによって魔女の使いを発見する。縛られた魔女の報復は333年後、退却したドイツ軍が岩山に残していった動力車の巨大な車輪によってなされる。

「ワルシャワの街角」:絵画に描かれた楽譜を読み解くことに情熱を傾けた父。多くの譜面を残したが、ただひとつ解読できない絵があった。後年、娘は不思議にも過去に育った実家とそっくりの家を発見するが、その家は左右が逆転していた。そして例の解読できなかった絵画が…。

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読書
「渡辺てる子の放浪記」林 克明 著
(同時代社)

れいわ新選組から衆議院選に立候補した氏の苦闘の人生を振り返り、その人柄と取り組みを紹介する。著者は私の薄い知り合い。



ホームレスやシングルマザーを経て、派遣労働の過酷さを身にしみて体験した渡辺てる子だが、なにより学生時代から始まった5年のホームレス生活があんまりな体験だ。政治活動により警察に追われている身の男性と付き合い出奔、そして潜伏。家も借りられない状態で各地を転々とし、なんと妊娠・出産。小さな子を抱えた親子4人のホームレス生活なんて、ふつう考えられないが実話だ。若くて世間知らずといえばそうかもしれないが、これが大人としての人生のスタートだからただごとではない。



そしてこの相手の男性の経歴自体が大いなる虚構であり、男性失踪後シングルマザーの道を歩むが、そこからの派遣・低賃金労働の残酷さは今更ながらである。様々な人に支えられながら生きてきた道のりが語られる。

後半はついにれいわ新選組の一員となって活動することになった氏の講演から、近頃の自己責任・弱者嫌悪の社会についてその問題点が語られる。これはまったくそのとおりだが、この辺りは著作物の限界で、氏の人間的魅力は実際に講演を聞いてみなければわからないだろう。私も聞いたことはない。

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読書
「さらわれて」R.L.スティーブンソン 作
(平凡社ライブラリー)

遺産を相続するはずが奸計にかかって船にさらわれた青年。船は難破し、上陸後も荒野から山中へと苦難の道のりが続く。18世紀スコットランドを舞台とした屈指の冒険小説。

恥ずかしながら英国史、スコットランド史を知らないのはもちろんなのだが、この作品の背景には名誉革命以降の反革命運動があり、ジャコバイトと呼ばれたその勢力の反乱と地下活動がある。
そしてスコットランド高地地方がイングランド合同後も基本的に合同には消極的で、カトリックであり現地語であるゲール語を使い、ケルト音楽を愛する土地柄であることが、この物語のスリリングな逃避行を成立させている。

というわけで主人公青年デイビットは、なんの因果かジャコバイトの闘士アランと延々高地地方を身を隠しながら移動し、低地の都市エジンバラを目指す。物語後半はそんな内容で確かに面白いのだが、個人的には前半の海洋冒険シーンのほうがワクワクとした。冒頭怪しすぎる叔父の陰謀。その叔父に騙されて乗せられてしまった2本マスト船とそのスタッフ面々。裏表ある不可解な人格の船長。侠気ある元医者。暴力的な水夫長。デイビット&アラン対全船員の戦い。挙げ句の果ての座礁・難破など。お決まりかもしれないが海洋冒険小説はいつでもロマンたっぷりなのだ。

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読書
「ヴァレンシュタイン」シラー 作
(岩波文庫)

三十年戦争時代。ボヘミアの傭兵隊長ヴァレンシュタインの反乱と死を描く戯曲三部作。誰からも慕われる英雄であったはずの彼が、いかにして皇帝への反旗を翻し暗殺される運命となったか。

第一部を読んだ限りでは、シェイクスピア劇を発展させるにしては人間描写が単に役割的で物足りなかったが、第二部・第三部と物語が動き出すにつれて描く人物がいよいよその性格を露わにし、俄然面白くなってきた。

架空の人物マクス青年は、実に純粋な邪心なき人物で、大人たちの間で板挟みとなって苦しむ役どころだが、その恋人ヴァレンシュタインの娘テークラも自分たちの置かれた困難な状況に覚悟して臨む意志の強い女性である。この2人の性格と悲恋はいかにも劇作上の必要とはいえ効果的だ。

彼ら以外の大人たちははっきり言えば裏の裏をかこうとするような権謀術数のなかで揺れ動く人間で、ヴァレンシュタインが知らないうちに一人一人皇帝側に寝返っていくところが辛い。また数々の戦果を挙げたヴァレンシュタインが今や占星術の虜となっていて、あやしい占い師に頼っているなど、彼の運命がなだれを打って破滅へと向かうことを象徴しているようだ。
ドラマとしてはオーソドックスなものかもしれないが、それだけに十分楽しめた。

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読書
「アーサー王宮廷のヤンキー」
マーク・トウェイン 作
(角川文庫)

アメリカはコネチカット州生まれの男がふと目をさますと、そこは1300年前のイギリス、アーサー王の宮廷だった。科学の知識を駆使して偉大なる魔法使いとして活躍。民主的で平等な社会への変革を目指すが…。

孤軍奮闘、時代にはるか先んじてイギリスに産業革命を仕掛ける。石鹸工場を立ち上げて、広告と営業を開始。発電設備を整え、電線を引き電話を設置。印刷を始めて新聞を創刊。ほとんどナンセンスに近いほどの現代文明の再現。なにせ円卓の騎士ランスロットらが、自転車で駆けつけるのだから笑ってしまう。

この時代の身分制度と意識は頑然たるもので、身分の違いは人間と猿の如く生まれ持って全く違う生物の如きもの。城に住む者は平民の命などあろうがなかろうが全く省みない。主人公はこの状況に果敢に挑戦し、貴族や騎士のばかげた特権を廃止して、ゆくゆくは共和制を打ち立てようとする。そして最も警戒するのは教会であり、最終的には教会の支配との戦いとなる。

それにしてもアーサー王は身分的偏見からは逃れられないが、勇猛で理解早く揺るがない男。主人公とともに農民に身をやつして世界を見聞するところ以降死刑寸前まで、胸躍る冒険小説の醍醐味が味わえる。

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