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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「戦前「科学画報」小説傑作選1」噴飯文庫
黒死館付属幻稚園 刊


文学フリマで買った同人誌。戦前の「科学画報」からの抜粋で、現在第3号まで発行されているうちの第1号。中河与一の名前に覚えがあったので購入。
科学小説と言っても本格的なSF小説とは違い、科学的なネタを題材にした小ミステリーもしくはユーモア小説といった具合だ。


阿部彦太郎「バチルスは語る」:コレラ菌やチフス菌などが擬人化されていて、彼らが大いに世界を席巻し人類を悲劇に陥れた時代を懐かしんで演説を行うという奇想小説。
林田弁吾「顕微鏡眼博士」:自身の肉眼を手術によって顕微鏡の如き機能を持たせた博士の話。


などが面白かった。当時の挿絵も多数。



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読書
「星に降る雪/修道院」
池澤夏樹 作


「修道院」:非常に美しい通俗小説。あまりにもスラスラ読める。さらさらと流れていくような読書感覚。青い海と眩しい太陽そして朽ち果てた修道院。すべて日本人が簡単にイメージできる範囲で美しい地中海の島が描かれている。親切な宿や村の人々。そこで知った壊された礼拝堂をたった一人で再建しようとした孤独な男の話。それらもみな分かりやすく、言わば定番で読者が容易に想定できる範囲だ。
この孤独な男はなぜ礼拝堂を修復しようと思ったか。それは過ぎ去った女友達とのみだらな快楽の日々であり、そして男友だちも巻き込んで起きた争いと殺人の悲劇の果て。彼の修復行為は過去に犯した罪に対する償いであったのだ。信仰にたいする深い洞察はなく、きちんと辻褄の合った悲劇が明らかにされるわけだが、童話のようにわかりやすくまとまっていてなんの違和感もない。


「星に降る雪」:雪山で雪崩に遭遇し共通の友人を失った男女が、主人公の職場であるニュートリノ観測所で出会い、忌まわしい雪崩事件後の思いを、まずセックスしてから語り合うお話。

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読書
「鰐の聖域」 中上健次 作


未完結遺作。和歌山県新宮市の被差別部落出身の若者。大して働かないくせに女だけには不自由しないろくでなしの主人公。渓流に潜ってヤスで鮎を突くのが楽しみ。普段は目的もなく車を乗り回したり、女の尻を追いかけたり、喫茶店でだべったりしている。たまにガソリンスタンドで働いたりする。周りいるのは「路地」とよばれる部落出身の男達。限られたパイを奪い合う土建屋グループを軸に、その女達。金融屋と暴走族上がりの社員達。などなど。


予想どおり非常に泥臭い中上作品。代表作を読んでいれば被差別部落と近代化の問題や、日本人の土着的な生き様など思い至るであろうが、この作品のみに限って言えば、主人公その他まったくリアルに地方に屯するヤンキー的な人達の風情で、文学的な内省や風景描写もなく、まさにヤンキーな日常そのまま。


これは偏見を持って言うが、都会の上流階級で育ちインテリジェンスを身につけた知的な人々から見れば魅力的などろどろした下層の地方生活者、あたかも面白い物語の設定のように感じるこれらの風情も、少しでも身近にそれを知る地方出身者にしてみれば、すぐにでも逃げ出したい堪え難いシロモノで、このヤンキーな人達がずっと同じ力関係で近くにいるからもう地元には絶対帰らないという地方出身者も多いらしい?(仄聞)
この後が書き継がれていればいよいよ本質に迫ったかもしれないが、ここまではあまりにリアルなヤンキーの日常で、どうしても嫌悪感を持ってしまう。まあ主要作品を読んでから言えという話かもしれない。

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読書
「上海の蛍」 武田泰淳 作


1944年、上海の東方文化協会で日本語の書物を中国語に翻訳する仕事をすることになった若き武田泰淳。理事長の家に下宿して始まった上海での日々を描く。事務所では中国・日本双方から集まった学者や職員が働いているわけだが、日中友和のためと称するこの事業自体が中国人から見ればありえないキレイゴトであり、中国人職員達は心の底では冷めていたのではないか。そこを詳しく論じる教養は自分にはない。


中国戦線を経験していた中国文学研究家の作者が、上海での新しい体験になにを思っていたか?直接的に語られているわけではない。ただ大らかに遠慮なく過ごした。酒さえ飲んでしまえば怖い者なしで、言いたいことは何でも言う。大声で叫び夜の街を練り歩く傍若無人のありさま。やはり日本人の特権でなにをやっても大目に見られていたのだろうか。多くは語らないが屈折した青年だった自身を晩年に書いた。これが遺作だ。


当時の中国には、なにを目的としていたのか自分には興味がないが、上海以外にも有名な日本の小説家が仕事で滞在していたようで、文学会議ともなると火野葦平や田村俊子、高見順、阿部知二らが顔を出す。そんなふう。

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読書
「日曜農園」 松井雪子 作


父親が突然蒸発してしまって借りたままになった市の家庭農園。女子高生の娘は農園を引き継ぎ、素人ながらほそぼそと野菜を作り続ける。農園を娘に任した母親はひたすらシェイプアップに励んで筋肉を育む。いつの日か父は帰ってくるのだろうか。


主人公の女子高生は農園にそう熱心なわけではないが、ネットで父親の足跡をたどるようにしながら少しずつ野菜作りに精通して行く。母親は夫の行方探しを諦めたわけではないが、普段はビジネスに集中。ふたりともひょうひょうと人生を受け流して行き悲嘆にくれるわけでもなく、読んでるこちらも気楽だ。


漫画もとってもおもしろい松井雪子さん。小説を初めて読んだが、漫画作品とはまったく違ったおもしろさ。いや、違っているかどうかなんて比較すら出来ないわけだが、漫画ならではのギャグやポップな愛嬌は影を潜めて、まっとうにリアルに主人公の日曜日が綴られていく。まあブンガクだから当然なのかもしれないが、味わいのある文章で気持ちが良かった。読んでいるとじんわりと心落ち着く。これぞ小説の快感といった具合。

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読書
「獄中記」 ワイルド 作


言わずと知れたオスカー・ワイルド。
獄中記に期待するものと言えば、やはりこまごました獄中の日常か、もしくは自分もここまで堕ちたんだ、もうこうなったら覚悟を決めたぞ!みたいな極端な決意表明だが、ワイルドは後者だ。もっともさすがに大いに己が罪を悔い(別に同性愛性癖が悪いとは思わないが)世間に頭を下げることは徹底している。「自分の天才を信じきって青春を浪費してしまい、快楽から快楽へとはまり込んだ」とひたすら反省しているが、そこが魅力だったのにと思う人も多いかも知れない。


出獄後は芸術家としてストイックに生きるようなことを宣言して、ではなにが本当の芸術家か縷々解説する。彼の至った結論とは人間の悲哀こそが最高の情緒であり、芸術家は悲哀を知りほんとうの愛を知らなければならないということらしい。獄に繋がれる身となった自分の悲哀から発展して、ようやく貧窮や困難の救済としての人間愛に目覚めたのだ。エリート街道まっしぐらの身の上ゆえか、囚人となって初めてそこにたどり着いたのだろうか。「貧しき者は賢く、われわれよりも慈悲深く、親切で、しかも感受性が豊かである」とベタ褒めだが、これも出身階級ならではの勘違いだろう。


さらにその意味で芸術家をはるかに越えて優れた人物こそキリストであり、他者の悲哀に全身を投げ打って同情をよせることができるキリストの大いなる愛こそが至高のものであることが延々説かれる。巻頭で宗教を信じないと言っていることと矛盾するようだが、ここでは教会全体ではなくキリスト個人の人格を取り上げているので、問題はないようだ。


出獄後は寒村でひっそり暮らし、晩年は忘れられて困窮の中一人寂しく死んだそうだ。切ないねえ。

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読書
「マリオと魔術師」 トマス・マン 作


「マリオと魔術師」
:避暑地の村で魔術のイベントが開かれ、夜遅いけれども子供達にせがまれて見に行く。普段見知った村人や、避暑に訪れた外国人もチラホラ。魔術師は高慢な態度を芸風としており、前半はカードや失せもの探しなど通常のマジック。後半、催眠術のショーとなって術にかけられた人は否応なく踊り出してしまう。昼間ウエイターとして働くマリオは催眠術のために大勢の前で辱められてしまうが…。
えらそうな魔術師が不気味でよい。


「混乱と稚き悩み」:教授の自宅にて年長の子供達がダンスパーティを開き、学生仲間達がやってきてにぎやかな夜となる。まだ幼い子供達も加わって遊ぶが、教授の最愛の小さな女の子は、遊んでくれたお兄さんと離れるのを嫌がって泣くのだった。
大人から見た現代の若者達の風俗がえんえんと描かれてまことに退屈。

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読書
「人工楽園」 ボードレール
 著


詩人の書く論考は芸術的過ぎてなんだかチンプンカンプンのことがあるが、これは論理的でわかりやすいほうだ。ボードレールが明晰で意志的な人であることがわかる。


酒、アシーシュ、阿片についての考察だが、愛されるべき酒についての言及はわずかばかりで、問題とされるのはアシーシュと阿片である。
前半で紹介されるアシーシュとはハッシシで、自分も詳しい知識はないが大麻樹脂のことであり、この時代にはジャム状のものをスプーン一杯分飲み込む方法で摂取する。マリファナ(乾燥大麻)は登場しない。


その効果について何人かの体験談を取り上げるが、人によって違った面があり、基本的にはダウナーなのだろうが専らそういうわけでもなく、けっこうハイテンションな状態も現れるようだ。とはいっても活動的というのではなく、ただ野放図に感激しやすくなってしまうみたいだ。共通するのは至福を味わったあとの気怠さで、もうなにひとつ行動する気にならない意志のなくなった状態になる。


ボードレールがアシーシュを否定するのは、その意志喪失効果のゆえである。かのバルザックも意志の譲渡ほど屈辱的なことはないとアシーシュに手をださなっかたようだが、反道徳の貌を持つ詩人ボードレールにしても意志を失って創作しているわけではないのである。芸術は強固な論理性とそれをコントロールする意志力あってこその営みで、けっして薬物による幻惑状態でなせるようなものではないのだ。


後半はボードレールの尊敬する著述家ド・クィンシーによる名作「阿片服用者の告白」より主要部分を抜粋しながらその恐ろしさを解説してゆく。当時阿片は薬店で普通に買えた。ド・クィンシーは歯痛対策として使ったのをきっかけに長い戦いの人生に足を踏み入れるわけである。ボードレールはこの著作の文学的完成度に惚れ込んでいるので、阿片の危険性を説きつつも、ド・クィンシーの文章の美しさを紹介する論述となっている。


全体としては麻薬の危険性を告知するものでありながら、さすがに美文満載の読み物となっております。

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読書
「裏面」ある幻想的な物語
アルフレート・クビーン 作


まさに悪夢的な幻想小説。そう謳われるものはいくつか過去に読んだこともあるはずだが、ここまで悪夢的なものはなかった。
大富豪となった学生時代の友人に招かれて、彼が作った夢の国へ移住する主人公夫婦。旅の途中までは平穏だが、夢の国の大きな外壁を越えるところから、もう戻れないのではないかと、不穏な空気が高まっていく。それでも古き良き文化を守っていくことを旨として作られた夢の国なので、最初はなんとか慣れていける範囲の生活がつづく。


主人公が酪農場で道に迷っていたとき、餓死寸前の痩せこけた白い馬が駆け抜けて行くあたりから、不気味なイメージが次々と広がって目が離せない。手持ちの全財産はなぜか紛失してしまうし、彼の妻は精神的な不安から病死へと一直線。この国の創造者であり支配者である元友人にようやく出会ってみると、それは不遜な権力者ではなく、魔力に支配された意識も虚ろな眠れる狂王であり、まともに相手は出来ない。


後半は夢の国の全てが朽ちて崩壊していく暗黒のシュールレアリスム。まさにボスの絵画を見ているような世界。最後の方はスケールがでかすぎて、やりたい放題である。あまり作者のみが勝手に幻想世界に突き進んでも読者としてはついて行きにくいものだが、この作品の場合、例えばルーセルのそれに比べれば、街が破滅していくというストーリー上の方向性を持っているので読みやすかった。暗黒暗黒。

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読書
「氷」 アンナ・カヴァン
 作


カヴァンがこんなにもエンターテイメント的な戦闘シーンをきちんと描くとは思わなかった。世界は巨大な氷に飲み込まれようとしており、街は戦禍にさらされ住民も疲弊している。国境を突破して少女を追いかける主人公の男はなかなかに戦闘の達人でタフだ。
そのくせ何故そんな事態になっているのかは謎のままでなんの説明もない。読み物としては取っ付きやすいのに辻褄の合う筋立てはなく、カタルシスもないまま不思議な感覚に巻き込まれて読み進むこととなる。
主人公と彼が追いかける少女、そして少女を管理する長官。この3人の行動とエピソードが繋がらないままに、ゆるい時間軸に沿って描かれる。この分かりにくさが意図されたものではなく、おそらく巧まずしてなされているところが魅力になっている。


しかしこれもSFの側から見て希有の感じがするだけであって、カフカや残雪なんかと並べてみればそんなに珍しいものではないのかもしれない。スリップストリーム文学というジャンルらしいがよくわからない。結局小説にしても漫画にしても、おもしろいものは作者が安全圏にいて書いているのではなく、なにかしら切迫性を持って書いているもので、作品全体を覆う荒涼感、言い知れぬ不安感は作者本人の内面から自然と出ている。カヴァンのおもしろさ、まさにそこにあり。

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