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漫画家まどの一哉ブログ

   
「野火」 大岡昇平 
読書
「野火」 大岡昇平 作

話題の映画を見て、どうも原作と違った感じを得たので再読してみた。
映画はまさに戦争の悲惨さ残酷さを容赦なく描いていて、グロテスクだがよく伝わる出来映えだった。ところが原作にはそれにとどまらない違った何かが描かれていたはず。

読みだして先ず気付いたのは小説は一人称で書かれていることだ。すべてが主人公の内面を通した出来事であり、それはレイテ島の風景や陽の移り変わりさえも、主人公の内面に映った姿なのだ。印象は刻々と変化する。

小説の主人公は生きる望みのない中で何日も独りさまよううちに、それまでの日常では経験しなかった大いなる存在=超越者=神の目を意識してゆく。神に見られている感覚。人肉を食べるか否かの切羽詰まった状況でもそうだが、そこまで至らなくても死を目前にした孤独な状況で、人間の脳は外界との現実的な関係を逸脱するのではあるまいか。これは文学的な表現ではなく、脳の誤作動としてあるのではないか?という気もする。
主人公が他の日本兵達とめぐりあって、レイテ島脱出の希望が出てくると神に見られている感覚は消え、日常の感覚が復活するというのも納得できる。

最後の章でこの作品は帰国後、精神病院に暮らす狂人のわたしが書いたものという設定が紹介される。神は何者でもないと思いながらも、もしあれが神の配慮であるならば神に感謝するというわたし。極限状況に置ける超越者の存在をどうとらえるか。わたしと超越者との1対1の関係。あくまで一人称の問題が小説作品にはある。

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