漫画家まどの一哉ブログ
読書
「文藝春秋・短編小説館」
1991年発行の当時「文藝春秋」に掲載された作品を集めた短編集。作家は丸谷才一、安岡章太郎、藤沢周平、大江健三郎、吉行淳之介、村上春樹、三浦哲郎、田久保英夫、大庭みな子、遠藤周作、河野多恵子、瀬戸内寂聴、古井由吉、日野啓三、吉村昭。
この後あれよあれよという間に何人も死んでいく。多くが晩年の作品だ。
さすがに才能豊かな作家も晩年になると想像力が失われてしまうのか、小説といっても身辺雑記的なものが多い。この短編集の中でも安岡「叔父の墓地」、吉行「蝙蝠傘」、瀬戸内寂聴「木枯」など全くその類いでエッセイというならば申しぶんないのだが、これを小説といわれると違和感がある。伝統的に私小説という分野があるにしても、自己の生き様に迫るといったギリギリ感もない。もっとも安岡の文章は自分にとっては絶品というやつだ。
河野多恵子「怒れぬ理由」なども、あまりにも細々とした私生活が描かれていて、他人にとってはまったくどうでもいいハナシだ。社会階層も私とは違っていて困ったもんだ。ただ作者特有の霊魂観がおもしろくて要約すると、「霊魂は多分に無機的な電気の一極のような性質を持っていて、縁あった生者が故人のことを思い出したり語ったりすると、それに反応して電流が通じる。これを感知できるのは生者の側だけである。生者がしだいに亡くなって故人を偲ぶ人が誰もいなくなれば、霊魂は消滅する。」というものである。
この顔ぶれの中では一番若い村上春樹「トニー滝谷」がいちばん小説らしい小説で面白かった。
村上春樹「トニー滝谷」:ジャズミュージシャンの父親にトニーという名を付けられた主人公。テクニカルイラストレーターの腕を活かしてひとりぼっちの人生を歩んできた彼。初めて惚れて結婚した女は狂ったように洋服を買ってしまう女。彼女が亡くなった後、残された山のような洋服の中で本当の孤独が胸にせまる。
三浦哲郎「添い寝」:温泉地で働く巴。彼女の仕事は70歳以上の老人男性限定で一晩添い寝するという変わったものだ。朝起きると隣の老人が冷たくなっていることもある。そんなある日、むかし東京の出版社で働いていたときの同僚が訪ねてくるが、彼女はまったくさばさばしたものである。人生の変転を描くもユーモラスな一品。
遠藤周作「取材旅行」:作者は取材のため土地の人間ですら知らない戦国時代の城跡や屋敷後をめぐる。若き秀吉が仲間の蜂須賀小六たちと奮闘した、小牧・犬山あたりの小城主達とのかけひきが明らかにされて興味深い。