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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「誤作動する脳」樋口直美 著
(医学書院)

レビー小体型認知症における幻視・時間感覚の喪失など、脳が巻き起こすさまざまな障害を罹患から社会復帰まで綴った著者体験記。

それにしても私たちがふだん意識していない脳の働きとは精妙なものだ。幻視にしてもそうだが、ほんの少しの誤作動で現実の把握が変わってしまう。不思議なことだが、私たちの一見神秘的な体験はやはりすべて脳の誤作動によるものと思わざるをえない。
また情報の取捨選択など脳が勝手に行っているから平穏無事に生きることができるが、その機能が失われることによる疲弊、街に出ることや料理などにたいへんな労力を使ってしまうところは、レビー小体型認知症でなくとも他の精神障害でも共通するところがあるように思う。

時間感覚の喪失や記憶障害・地図判読不能などと戦いながら、メモとスマホを駆使してなんとか世の中に出て行く苦労が赤裸々に語られる。また世の中に出ようとするまでの混乱と絶望が痛々しい。しかし著者は生来積極的で明るい性格。体験記はその性格を取り戻す過程である。
それでも初め鬱病と誤診されて受診するたびに薬の量を増やされ、だんだんと重篤化していくくだりはあまりに悲惨。よく耳にする薬や私自身も服用したことのある薬も頻出して、引き込まれるように読んだ。

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読書
「穴」小山田浩子
(新潮文庫)

田舎に移り住んで専業主婦となった身の回りで起こる不思議な出来事。少しずつ異世界へずれて行く微妙な感覚を描く。

作者について知らなかったが、期待に違わぬおもしろさ。最初は若い夫婦の日常風景を細かく描いて、ああ最近の日本文学は共感できる生活描写を欠かさないなあ…と思っていると、いきなり見たこともない動物が登場。と思ったらとつぜん河原で穴に落ちてしまう。ここからいよいよ日常のふりをした非日常が始まる。
謎の動物、謎の隣人夫人、いないはずの義兄、いないはずの子供たちが登場するが、感触はまったくいつもどうりの日常なので、奇妙なのにああこんなものかと納得してしまう心地よさがある。

文庫本解説の笙野頼子初期「二百回忌」、多和田葉子初期「犬婿入り」を思い浮かべていたが、匹敵する出来栄えと思った。

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読書
「緋文字」ホーソーン 作
(光文社古典新訳文庫)

はずかしながら名作として名高い本作を初めて読んだ。
訳者(小川高義)の腕なのか、上品で読みやすく素直に心に馴染んで気持ちが良い。わかりやすいがれっきとした大人の文章。

果たして少女パールの父親は誰であるか。おもな人物は4人くらいしか出てこないのですぐに見当がつくのだが、それにしては中盤かなり引っぱる。
ストーリー自体はそんなに変化のあるものではないが、たった4人の心の動きを丁寧に書き込んでいるので読まされてしまう。おそらく人物造形がうまくいっていて、とくに悪役の老医師チリングワースが魅力的だ。
少女パールもただ純真でストレートというのではなく、他の子供達から排斥されることによって人間社会でのしたたかさを身につけながら育っているように見える。これは母親へスターの気丈さを見ているからではないだろうか。
それに比べて若き牧師ディムズデールは秘事を働いたばかりに、7年もの間ただただ自分を責め衰弱しているようでは、本人は理由がわかっているのだから勇気や覚悟がないと言わざるをえない。これでは頭脳明晰ながらひねくれているチリングワースの復讐にあえばひとたまりもないだろう。

一直線のようなストーリーだが中身は濃く、悲劇的な最後も違和感はなかった。

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読書
「白の闇」ジョゼ・サラマーゴ 作
(河出文庫)

ある日突然視界が真っ白になり視力を失う恐怖の感染症。ほぼ全国民が罹患し都市が機能を失った中で、なおも生き残ろうとする人々の格闘を描くパンデミック小説。

サラマーゴ独特の区切りのない会話・地の文連続体は、このようなスリリングなパニック小説に際してはスピード感があってぴったりだ。ストーリー性のある作品でパニック映画を見ているようだ(実際に映画化された)。例えば感染して隔離された住民との接触を、まるでゾンビに会ったかのごとく恐怖していきなり発砲する軍人。また、使われなくなった精神病院に隔離された常態で、患者たちを支配しようとする悪党グループとの戦いなど、娯楽性に寄った内容となっている。

白い闇に閉ざされた人間の自己や、人間存在の意味・社会のあり方に対する直接的な問いかけはないが、老若男女の人生、危機に際してのつながり、夫婦の絆などのドラマはたっぷりとある。
こういった通俗性が万人受けしたのだろうか。暗澹とした世界ばかりで、読んでいてけして楽しいものではないが、これもどうしても現在のコロナウイルス危機と重ねてしまうせいかもしれない。

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読書
「俺の歯の話」バレリア・ルイセリ 作
(白水社)


世界一の競売人を名乗る男が、曰く付きの歯をオークションで売り出す。全てがイカサマ。無くなった俺の歯をめぐるエピソードを手を替え品を替えモザイク的に演出した奇妙な味わいの小説。

まともに一読できるふつうの方法で書いても充分おもしろい内容だが、各章で手法を変え二重三重に構成されていて、それはそれでおもしろい。主人公もとんだ食わせ者だが息子もロクでもない奴で、これらの実話を書き留めているのが作家志望のフリーターだったという倒叙法で書かれている。オークションにかけられた歯をめぐる小話も、競売予定のガラクタコレクションに付けられた小話も楽しい。このでっち上げた競売品エピソードと、離れて暮らす息子が仕掛ける事件、作家志望の青年との競売企画が大きな物語として進行し、最後に作者の解説と、出来事の年表まで付いている。
もともと美術展とのコラボレーションから始まった物語らしく、なにやら一冊の展示カタログを読んでいるような趣だった。

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読書
「科学者はなぜ神を信じるのか」三田一郎 著
(講談社ブルーバックス)


自身もカトリック教徒であり理論物理学者である著者が、物理学史を通してかねてよりの疑問を解説。しだいに狭まってくる神の領域だが果たして…。

本書の大半はコペルニクスから始まる宇宙観および物理学の発達史であり、科学史に興味のある青少年や数学が苦手な文系人間にとって解りやすい科学読み物となっていて、そうそう信仰の話がでてくるわけではない。ガリレオやニュートンの頃は全て造物主のなせるわざであるのは当然なので、何を発見しても科学者でありながら敬虔なキリスト教徒であることに何の矛盾もない。しかし彼らの発見によって神の領域はだんだんと狭められていく。

アインシュタインはあくまで絶対者を信じていたから、この宇宙は美しく整合性のあるものとして理解しようとする。この態度とその後の不確定な世界を発見した量子力学者ボーアやハイゼンベルクらとの論争は、神の存在自体が問題とされているようなものだが、シュレーディンガーやパウリら個々の物理学者がどういう信仰をもっていたかまでは書かれていない。

ペンローズやホーキングが登場するにしたがって、いよいよ神の領域はなくなってしまうが、著者の告白にもあるとおりこの宇宙が始まりも終わりもなく存在しているにせよ、矛盾なき科学法則や大統一理論は偶然にはありえない。そこにはどうしても超越者の意思を感じてしまう。というところに解答があるようだ。

私自身はドーキンスの「神は妄想である」を以前に読んで満足している。

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読書
「出来事」吉村萬壱 作
(鳥影社)

いつのまにか世界はニセモノにすり替えられている。果たしてそれは脳内の齟齬なのか現実なのか?しだいに壊れていく日常が痛々しい暗黒小説。

先に読んだ「回遊人」とほぼ同じ設定なので、ひょっとしてこちらのほうが更に作者のやりたかった仕上がりになっているのではと思って読んだ。冒頭から3章は前作と同じような人物が出てくるが、男はこの世界がニセモノだと感じている病的な設定。しかし妻は色情狂だし実弟は野人のような体の人間で、3者の言い分が食い違うところはなにがほんとうの現実かわからず幻想文学のような味わい。

ところが人物が隣人の主婦とその娘家族に移って行くとその味わいは変わってしまう。なにやら感染症のために閉鎖された地区があるらしく、感染症をめぐってドラマは尻上がりに緊迫し社会はパニック状態になっていく。これで正常な主人公が危機を脱出するべく頑張っているとSFエンタメのごとく安心して読めるのだがそうはならない。まともな大人はいないのである。

全編不気味なまま進行し気持ちの抜けるところがなく、人間のいやな部分が数珠つなぎとなった印象。執拗で異常なセックスや残酷で痛々しい暴力などが容赦なく描かれ、なかなかに読み進むのがキツかった。
この世界がニセモノであるという感覚は感染症に罹患したからだとはっきりと書かれていないところが良い。本当の世界の残酷さに人は耐えられず、頭の中で世界を作り上げることで成り立っているというのは重要なテーマだが、そんなテーマ小説として読む必要はない。小説は味わうものだから、ただ日常に侵略してくる暗黒を味わえばよいのだった。

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読書
「きりぎりす」太宰治 作
(新潮文庫)

私小説から女性告白体まで、著者中期の多彩な方法で書かれた傑作短編を収録。

これこれ。私がかなり以前に読んで、その面白さにセリフまで覚えた新潮文庫の短編集。
太宰といえば一般的には苦悩に満ちた私小説作家で、その自身を追い詰めるような赤裸々な表現が愛されまた嫌われている印象があるが、私はあまりそういう読後感を持たない。といっても新潮文庫で有名なものを5~6冊読んだくらいであるが、私小説と言ってもきちんと推敲され意図的に書かれているし、しっかり演出・構成されたものなので十分に楽しむことができる。自分を卑下し大げさに嘆き苦しむとしても腕がいる。客(読者)に出すわけだから、採れたてそのままのように見えても料理人の技術がなければ成り立たない。

このストーリーテラー・語り部としての才能はこの短編集にも存分に生かされていて、私小説スタイルのものはユーモラスな身辺雑記・旅行記などであり、自身を離れた設定のものは見事な物語で極上の味わいがある。「皮膚と心」「水仙」「きりぎりす」など名品と思う。

「皮膚と心」:女性告白体の逸品。「こんなところに、グリグリができてえ」というセリフが好き。作中登場する図案工は資生堂のマークなどを手がけた山名文夫をモデルとしているようだが、なぜこんな下町のアンチャンみたいな口調なのだろう?

「水仙」「きりぎりす」:どちらも絵描き設定で天才と凡人の問題を極端な例を作って表現。ヒヤリとするものがある。売れて堕落するか、売れないで破滅するか…。

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読書
「草枕」夏目漱石 作
(新潮文庫)

「猫」と同じく若き漱石の初期作品。
人里離れた山あいの誰も客の来ない温泉宿に投宿した画家。画題を求めて散策するも一向に絵を描く気配はない。それより宿に暮らす謎の女性が気になるところだ。

旅館の出戻り娘の性格が不思議で、この時代の女性にしては珍しく堂々として主体性があり、世間体を気にしない。青年画家をのんでかかるような態度であり、この女性を描いたことで単なる青年画家の若気のエッセイを超えて作品の幅が生まれている。こんな女が相手では虚無を気取って見せるわけにもいくまい。しかし漱石がなぜこの人物を造形したのかはわからない。

青年画家は始終世の中や人生について嘆息しているが、これを作者の分身と考えても齢相応な現象だと思う。ところで漱石ならずともこの時代の文人は基本的に漢籍の素養があり、この作品にもやたら漢詩からの引用がある。注釈抜きで読んでわかるものではないが、素人目線でいうと同じようなことを様々に言い換えていてどうしても大仰な印象だ。その後の漱石の理想が「則天去私」であるので、どうしてもそこへ向かって言葉が揃ってくるのかもしれない。

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読書
「トキワ荘の時代」梶井純 著
(ちくま文庫)

少年漫画を革新した伝説のトキワ荘グループ。そのリーダー的存在でありながらひっそりと姿を消した寺田ヒロオに焦点を当てた評伝。1993年刊を文庫化。

評伝の舞台となった1960年代、少年漫画隆盛期にちょうど私も幼いながら彼らの作品に親しんでいる。手塚を筆頭に石森・藤子・赤塚らの作品に興奮する中で、たしかに寺田ヒロオの作品はどちらかというとおとなしい、学年誌向きの表現だった。まだ劇画の時代ではないが、激しい戦闘やブラックなギャグが横溢する新進少年漫画と比べると寺田の資質の違いは歴然である。可愛らしくほのぼのとした絵柄にテラさんの人柄が偲ばれるというものだ。自分はスポーツ漫画に興味がなかったので「スポーツマン金太郎」や「暗闇五段」などをちゃんと読んだ記憶はないが、友人たちの間では話題になっていた。

漫画史にさほど関心がないので、トキワ荘グループの活躍を評価するも神格化するほど思い入れはない。いくら当時の少年漫画が面白かったと言っても、今となっては資料的な意味では重要だが、大人が読んで不朽の名作であるとは思わない。辰巳ヨシヒロらの「劇画工房」の流れも同じである。
本書に登場するつげ義春や棚下照生ら厳しい境遇に置かれた者と、トキワ荘グループとの資質の違いが興味深い。やはり背負っているものの多い少ないが作品の明るさに影響するのだろうか。

文庫解説で吉備氏が掲げている「少年サンデー1963年11月3日号」は持っていた。掲載されていた白土三平の読切「スガルの死」が怖くて怖くて、母親に切り取ってもらった記憶がある。

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