漫画家まどの一哉ブログ
読書
「逃げてゆく鏡」 ジョヴァンニ・パピーニ 作
やはり自分は人生や青春を描いたものより、ふとした怪奇や奇想・幻想を使って世界を切り取ったようなものが好きだ。しかし書店や図書館の棚ではけっしてメインではない。謎に答えのあるミステリーではないからだろう。1992年にボルヘスの選で発行された懐かしの「バベルの図書館シリーズ」よりパピーニ(1881〜1956・イタリア)の短編を読んだ。
「泉水のなかの二つの顔」:廃れた庭園のなかの死んだ泉水。7年ぶりにそこを訪れたわたしは、覗き込んだ水面に、もうひとり若き日の自分が顔をならべているのを見た。以来7歳若い自分自身と行動を共にする。傲岸不遜にも時代遅れの理論をとうとうと並べ立てて陶酔しているこの鼻持ちならない男こそ、若き日の自分自身なのだ。ついに我慢できなくなったわたしは、その若き日のわたしを水中へと沈めてしまう。
「完全に馬鹿げた物語」:ある日突然やってきた見知らぬ男は、自分の創った空想物語をぜひ聞いてほしいと朗読を始めるが、それは不思議にも寸分違わず私自身の半生記だった。困惑と狼狽の極に達した私は、その創作作品を全否定するとともにその男を追い返すが、男はあっというまに川へ身を投げてしまう。
「きみは誰なのか?」:読者や関係者から届く手紙を毎日心待ちにしていた作者。ある日ぱたりと一通の手紙も届かなくなったと思うと、その日から街中のなじみの人々が誰一人彼のことを知らなくなっていた。絶望の日々のさなか、ある夜彼はついに気付いた。「わたしは自分にとって他人が存在しない人間なのだ」その答えを発見した時から彼の日常は回復する。
このような摩訶不思議な小品を読むと、実は作者は自分が存在していることに根本的な不安があるのではないか?と疑わざるを得ない。この不安は自分も根底に抱いているのかもしれない。