漫画家まどの一哉ブログ
読書
「ジョゼと虎と魚たち」 田辺聖子 作
文庫本に収録されている短編はどれも三十代なかばくらいの働く女が、相手の男ととの微妙な心の距離感をつぶやいたもので、それなりにおもしろい。たとえば昔の恋人である男や、これから別れようとする男、親戚にあたる十代の若い恋人。みんな侠気を前面に押し出す暑苦しい男ではなくて、どことなくぼんやりしたような、いい意味でスキがある、こちら(女)の気持ちもつい緩んでしまうような男ばかりが出てくる。 熱愛ではなく、これから付き合うのかどうするのか、中途半端な気持ちのままいわゆるまっとうな結婚・子育てから一歩身を引いた女たちの生き方に、そんなんもありかと納得してしまう。
そんな短編群とちょっと違う表題作「ジョゼと虎と魚たち」が、やはりひときわ面白かった。 主人公のジョゼは子供の頃脳性麻痺と診断された脚の不自由な25歳の女。ばあちゃんと暮らしていたが、ある日坂道をジョゼを乗せた車椅子が転がり下りだしたとき、坂の下で車椅子を止めて救ってくれたのが大学生の恒夫だった。 外出が少なく実際の経験もテレビで見た経験もごちゃまぜになってしまうジョゼ。サガンの小説に憧れて自分の名前をクミからジョゼに変えたのだった。 やがてばあちゃんも亡くなり、ひとりぼっちになったジョゼだが、そのころからジョゼと恒夫はほんとうの恋人になった。
身障者であるからなのか、ジョゼが恒夫に下手に出ていないのがよくって、「こら管理人」とか「アホ、死ね!」とか強気に喋るが、恒夫は心のおおらかないいヤツでぜんぜん怒らないばかりか、ジョゼの気持ちを全部肯定してあげるんやな。屈折したジョゼにぴったり寄添っていけるいいやつなんよ。そんなやりとりが面白くて、ジョゼは恒夫が大好きなのに、ふだんは不機嫌な命令口調。恒夫は「なんでこないボロクソに言われなあかんねん」とぼやきながらのドライブや動物園や水族館でのデートが、読んでいてとても心温まる。このふたりの心のつながりが伝わってくる。 同棲している小さなアパートでふたりで寄添って寝ているとき、ジョゼの感じる「アタイたちはお魚や「死んだモン」になっている」という完全無欠な瞬間の幸福観にこころ打たれた。