漫画家まどの一哉ブログ
「おはん」
読書
「おはん」 宇野千代 作
情念といわれると、なにか非常にしつこい重く暗い感情を思い浮かべる。人生の紆余曲折の中で離れられない男女の愛情や恋情など、丁寧に描いてゆけばたちどころに情念の世界が完成するだろう。この小説にそれほどの重さを感じないのは、二人の女にひかれる主体性のない男のどうしょうもない感情を綴っているからだと思う。しかしこれも情念と言えばそうなのかもしれない。女の方はいかにも弱気な元妻と、いかにも気の強い愛人で、性格的にはわかりやすく、それだけに煮え切らない男の態度が際立つ仕掛けなのだろうか。
二人の女どちらにもずるずるといい顔をして、いよいよことが露呈して破滅するのではというスリル。ドキドキして続けて読めずに何度も本を閉じた。全編この男の独白というスタイルで、まといつくような関西弁の捕まえたら離さない口語体が、意志の弱い男の感情をそのままに伝える気がした。高尚なことや深い思索などは全くないのだが、感情の表現は緻密で、これぞ芸術のおもしろさ、むずかしいことはいらない。この文章さえあれば酔える。
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