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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「脳天壊了」(吉田知子選集1)
吉田知子 作

文庫本で読んだ「お供え」を含む作品集。地方都市を舞台としたやや泥臭いシュールレアリスムばかりかと思ったらさにあらず。いたって真面目な、やがて悲惨な現代文学である。幻想味は含むもののふしぎなことは起きないものもある。ただいずれの作品も心晴れぬというか出口なく燻った感じで、先が開けるような終着点はなく、戸惑いのまま終わるのはやはり不条理文学の感触があっておもしろい。

表題作「脳天壊了」主人公は人生の長きにわたってある人物のゆるやかな支配下にあり、パワハラを受けながらも相手の男から離れて生きることができない。「乞食谷」も圧倒的な貧困女子でありながら、積極的に周囲と馴染んで向上していこうとする気配はまったくない。いずれも主人公は惨めな虐げられた立場にあり、なんとも重苦しい心晴れやかならぬ状況である。「乞食谷」は、そこにありえない不可思議な条件が加わって現実味が揺らいでいくところが作者の持ち味であるように思う。

「常寒山」は怪奇小説アンソロジーに入っていてもおかしくない不気味な話だ。いるはずのない妻の視線が山へ登った夫の遭難を追いかけているのだから。
「ニュージーランド」は、ニュージーランドへ向かうはずの船に乗っていながら、なぜか進んでいる様子がない。この話がいちばん自分好みのシュールレアリスムだった。

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読書
「百鬼園随筆」内田百間 作

言わずと知れた内田百間随筆。終始ニヤニヤ笑ってしまう。あの手この手の借金生活の話も、友人知人の間で借りまくっているうちは愉快なエピソードだが、プロの高利貸しとのやりとりを描いた短編はさすがにスリリングで痛々しい。大学教授としての俸給をもらっているのになぜこうなってしまうのだろう。
よく登場する先輩作家の森田草平は、カラッとした簡単な性格で、小説家にしては珍しい気がした。飛行機に乗る体験や普及し始めたタクシーの様子などが時代がわかって興味深い。

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読書
「日米戦争と戦後日本」五百旗頭 真 著

終戦から占領、講和に至るまでのアメリカの対日政策を解説。「敗北を抱きしめて」や「東京アンダーグラウンド」は楽しく読んだ記憶はあるが、通史というとよく知らないので教科書的なつもりで読んだが、五百旗頭真の筆は結構ノリが良くて読み物として飽きることなく読めた。アメリカが大戦開始とともにすでに戦勝後の占領政策を検討していたのには驚いた。

天皇を処罰対象とすることや京都を原爆によって壊滅させることは、その後の日本人との友好政策を考えて中止されたようだ。知日派とよばれる人たちの天皇に対する評価が高すぎるような気がした。占領国がここまで介入して民主化政策をまがりなりにも成功させた例はなかなかないそうだが、それだけ日本をよく研究していたということだろうか。
ところでこの占領の事実自体がもう現在では知られてなくて、若い世代には捏造レベルの話に思われそうだが、ほんとうはかなり重要な歴史事実ではなかろうか。

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読書
「視霊者の夢」カント 著
(講談社学術文庫)

18世紀中頃、一大センセーションを巻き起こした神秘思想家スェーデンボルグの霊界日誌。現代でも人気のこの霊界ルポに疑義を投げつけた若き哲学者カントの小論考。まあカントなら当然神秘思想に共鳴することはなかろう。この論考では一つ一つスェーデンボルグの霊体験を反証していくのではなく、ごく常識的な懐疑と批判にとどまっている。つまりこの種の霊体験など他人が経験によって証明できないものであり、妄想というしかないといったもの。もっともあくまでスェーデンボルグの著作を批判したものであって、霊界そのものへは否定も肯定もしていないようだ。

ところでこの論考はその後のカントの主著「純粋理性批判」へと繋がっていくその萌芽のようなものを含んでいて、経験に依拠しない純粋で圧倒的な「理性」へと認識が進んでいくようだが、その辺は楽しくないので気にしないことにする。

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読書
「愛と憎しみの傷に/他」田中英光デカダン作品集
(講談社文芸文庫)

何の隠すところもなく、お互いの過去を完全にさらけ出した上での、夫婦の性愛でなければ満足しないというあまりにもピュアな完全主義。これは社会や人生に対する絶望の裏返しだろうか?

夫婦生活への失望のあげく繰り返された、プロの娼婦ーいわゆる街角の天使たちとの交流。一連の作品は自分のことより女たちに焦点を当てていて、彼女たちのしたたかな人生が実に痛快。作者がデカダンとはいえ、これは落ち着いた目線で書かれており楽しく読める。

ところがその後、運命の魔性の女が登場するに至ると、家庭を顧みないどころではなく、常時酒と催眠剤に惑溺し、暴れ出し、精神病院に入院し、もう彼女とは別れると言いながら(読んでいると絶対別れられるわけがないと思う)、幼児が母親に甘えるように女との性愛に溺れていく。まさに破滅へ一直線。強烈な読書体験を得た。

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読書
「橇/豚群」黒島伝治 作
(講談社文芸文庫)

プロレタリア文学作家としてその名は知っていたが、読んだのは初めて。物語の最後に農民や兵士が支配階級の存在に疑問を抱いたり、反旗を翻そうとしたりする部分がなるほどプロレタリア文学であるが、そうでなくても実によくできた社会派小説であり傑作短編集だ。ムダに内省や理屈をこね回すところがなく簡潔明瞭、読んで面白く出来ているところが良かった。

舞台は作者の出自を題材にして、小豆島の農家であり、醤油工場の労働者でもある。当時は身分や階層というものが根強く意識されていて、下層民の子供は進学を志しただけで地主や周囲の村人から白い目で見られる。小作の子は小作、醤油蔵の労働者の子は醤油蔵の労働者と決まっていて、滅多なことでは抜け出すことができない。抜け出してはならないといった空気だ。常に周囲の目を気にしながらでないと自分の人生も決められない。これが20世紀初頭の日本の村落だが、その頃からどれくらい進化しているのか?

そしてもう一つの舞台はシベリアに出兵させられた日本兵である。戦後ソ連によってシベリアに抑留された話はいろいろ読んだが、大戦開戦前のロシアへ侵略する様子は知らなかった。侵略戦と言っても、徴用によってロシア農家をいじめたり、パルチザンと小競り合いを繰り広げたり、狼と戦ったりと非常に地味なものだ。
「渦巻ける烏の群れ」というタイトルが私の中では有名だったが、これも無計画に凍土へ攻め入って道に迷い、はかなくも氷漬けになる悲しい戦争の話。

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読書
「南京虫」「風呂」マヤコフスキー 作

土曜社のマヤコフスキー叢書から戯曲を2作読んだ。

「南京虫」:大火のあげく消防の放水が凍りつき冷凍保存されてしまった男。50年後に発見され復活するが、社会はあまりにも変わっていて人間扱いされない。結局希少な巨大南京虫のために血液を与えるエサでしかなかった。ああ…。

「風呂」:タイムマシンを開発し時間を自在に操ろうとするが、当局は予算を組んでくれず、頭の固い官僚とのせめぎ合いが続く。そしてついに2030年の未来社会ソビエトから燐光の女が使者としてやってくる。そのはるか以前にソビエト自体が崩壊しているとはさすがのマヤコフスキーも思わなかったか?

マヤコフスキーはソビエト新社会の闇を早くも嗅ぎ取って警告を発していたのか。それとも単に愛好するヴェルヌやウェルズの世界を踏襲したのか。いずれにせよ愉快だがやりきれないディストピアで、明るい未来でないからこそ今でも楽しめるものとなっている。

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読書
「カシタンカ・ねむい」チェーホフ 作

「カシタンカ」:ふとした原因で街なかで飼い主とはぐれた赤犬のカシタンカ。見知らぬ男に拾われた先にはガチョウや猫や豚が暮らしていて、みんな立派に芸を仕込まれているのだ。やがてカシタンカも芸を覚え、いよいよサーカスの初舞台に立つが…。数奇な運命を経てまた以前の飼い主のところへ戻るカシタンカ。飼い主が変わるたびに、それまでの暮らしが遠い記憶となっていく儚さ。つげ義春の「峠の犬」を思い出した。その他「大ヴォロージャと小ヴォロージャ」「アリアドナ」など奔放に生きる思慮浅い女の人生が読み応えあり。

この岩波文庫版は作家で翻訳者の神西清にスポットを当てていて、チェーホフ評2編と訳者にまつわるエピソードなどが収録されている。神西によるとチェーホフは誠に冷徹な科学信奉者で、何事につけても心が揺れ動くこともなく、常に観察者であったようだが、それにしてはこれだけ喜怒哀楽に溢れた人間ドラマをよく作れたなと不思議な気がする。

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読書
「天使の美酒/消えちゃった」コッパード 作

文庫本の売り文句は怪奇・綺想の幻想文学とされているが全くそんな感じは受けなかった。むしろ解説にもあるように詩情あふれる短編で、組み立ても自由でなりゆきのまま。ほのかに漂う無常感がいい味を出している。

「マーティンじいさん」:最後に墓地に埋められた者が先輩亡者のいいなりにならなければならない。そんな言い伝えを信じるマーティンじいさん。死んだ我が娘がその墓地で最後の死者で、今後死んだ者は新しい別の墓地に葬られることになってしまった。永遠に下僕とされる亡き娘の身を案じるじいさんはだんだんおかしくなっていく。
「天国の鐘を鳴らせ」:農家の生まれながら少年の頃より演劇に異常な興味を抱く主人公。本ばかり読んで育ち、家を出て役者の道を歩み始めるも、不慮の事故で足が不自由になり演説家に転向。宗教アジテーターとして弁舌をふるい人々をひきつけてゆく。やがてそれも虚しく流浪の身となり、死んでいった恋人を想う毎日だった。

どの短編も極端な破滅に向かうわけではなく、さりとてハッピーエンドではない小さな不幸や寂しさが、読み終えて逆に落ち着く。

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読書
「ボズのスケッチ」(上・下)ディケンズ 作

ディケンズが作家デビューに至ったごく初期の短編集。
ファルス及びコメディといった作品で、読んでいて迫るものはない。格好よくあろうとしてとんだ失敗に終わる上流階級未満の人々を戯画的に描いて、面白くなくはないが、ちょっと無害すぎるので実は全編は読まなかった。
それよりこの短編集発刊のために書き下ろされた、上下巻巻末の短編「黒いヴェールの婦人」「大酒飲みの死」がファルスでなく、死と破滅といった人間の闇の部分を描いた傑作で実にコクがある。読んでよかった。さすがにディケンズだ。

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