漫画家まどの一哉ブログ
「黒髪」 近松秋江
「黒髪」
近松秋江 作
(青空文庫)
思いを寄せる遊女を身請けして、なんとか自分のものにしようと金や手紙を送り続ける作者。なかなか叶わない願いに身悶える渾身の私小説。「黒髪」「狂乱」「霜凍る宵」の三部作。
私小説のなかでも徹底した情痴文学の代表作ということだが、作者の心が純粋なのと情景描写などの表現が美しく、この文章だけで惚れ込んでしまう。流れるようにするすると読めて、この条件を満たしていれば内容はもとより個人的には名作である。
なんのかんの理由をつけてなかなか会おうとしない女、そして温厚なそぶりを見せるその母親。彼女たちは金だけが目的で、彼(作者)は騙されているらしいが、私はそうとは読めずにただただ彼の誠意に同情した。常識からしたら彼は馬鹿なのかもしれないが、なんとも純粋な男でストーカーまがいのことを繰り返すが笑う気になれない。
私小説というものは往々にして自身のダメっぷりを容赦無く披瀝するものだがこれには作意があって、面白く読ませるための手練手管、演出の巧拙があるものである。近松秋江でもそれはそうなのだろうが、この作品に限ってはバカのつく正直者という印象で好感をもってしまう。これも演出で自分のずるい部分は隠して好印象を狙っているのかもしれないが、あくまで作品としては上出来であり、情痴文学であろうがなんであろうが傑作だと思う。
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