漫画家まどの一哉ブログ
「氷」 アンナ・カヴァン
読書
「氷」 アンナ・カヴァン 作
「氷」 アンナ・カヴァン 作
カヴァンがこんなにもエンターテイメント的な戦闘シーンをきちんと描くとは思わなかった。世界は巨大な氷に飲み込まれようとしており、街は戦禍にさらされ住民も疲弊している。国境を突破して少女を追いかける主人公の男はなかなかに戦闘の達人でタフだ。
そのくせ何故そんな事態になっているのかは謎のままでなんの説明もない。読み物としては取っ付きやすいのに辻褄の合う筋立てはなく、カタルシスもないまま不思議な感覚に巻き込まれて読み進むこととなる。
主人公と彼が追いかける少女、そして少女を管理する長官。この3人の行動とエピソードが繋がらないままに、ゆるい時間軸に沿って描かれる。この分かりにくさが意図されたものではなく、おそらく巧まずしてなされているところが魅力になっている。
しかしこれもSFの側から見て希有の感じがするだけであって、カフカや残雪なんかと並べてみればそんなに珍しいものではないのかもしれない。スリップストリーム文学というジャンルらしいがよくわからない。結局小説にしても漫画にしても、おもしろいものは作者が安全圏にいて書いているのではなく、なにかしら切迫性を持って書いているもので、作品全体を覆う荒涼感、言い知れぬ不安感は作者本人の内面から自然と出ている。カヴァンのおもしろさ、まさにそこにあり。
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