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「大江健三郎論」 怪物作家の「本当ノ事」 井上隆史

「大江健三郎論」 怪物作家の「本当ノ事」
井上隆史 著
(光文社新書)

戦後民主主義者としての立場に収まらない、大江文学に潜む闇を明らかにする。

大江健三郎の薄い読者である自分のような者が、この評論を読んであれこれ言うのも恥ずかしいが、他人事として簡単に書く。
あらゆる作品は必ずしも作者の生活・人生とシンクロして描かれるわけではないし、基本的に作品が面白ければ作者がどんな人間であろうが構わないわけで、作者論というのは作品に基づいた作家論とは別のものであろう。

ところが大江文学の場合は作品のモデルが作者の私生活であるし、大江がオピニオンリーダー、アンガージュマンとしても活動しているので、その戦後民主主義理念の体現者としての立場が作品と整合性があるかどうかが問題視される。
しかし自分はそこは矛盾していても大いに結構だと思う。ようするに作品に偽善があるということだが、それも魅力の一つであり作家ごと作品を愛する人はその矛盾を楽しめば良い。
もちろん本書の著者も偽善的な態度を批判・糾弾しているわけではなく、大江文学の理解に「本当ノ事」は核となるポイントであり、全作品を分析して組み上げていくこの論考はたいした労作。重量感もあり且つスリリングで読み応えがありすぎる。

野次馬的にみれば「本当ノ事」が顔を覗かせているものの方がゾクゾクする面白味はある。それが障害児・天皇・ロリータなどであればそうだ。私の少ない読書体験のなかでも「個人的な体験」「﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」などはゾクゾクとしたし、次に読むなら「『雨の木』を聴く女たち」かもしれない。

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