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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「幻想小説とは何か」三島由紀夫怪異小品
(平凡社ライブラリー)

東雅夫編集の文豪怪異小品シリーズ。評論・手紙をメインに掌編小説まで。三島にとっての幻想文学を追ってゆく。

巻末の論考「小説とは何か」を中心に、百間・牧野信一・足穂の解説など、一度は目にしたことのあるおなじみの見解だが読むのは楽しい。それより僅か数編ではあるが巻頭の小品小説が抜群におもしろく、これだけでもこの本は買って良かった気がする。(ただし私の中では三島・川端・谷崎は日本三大気色悪い作家である)

対談・書評の章では澁澤龍彦との交流と、その偏愛が手紙のやり取りを中心に掲載されているが、まさに澁澤絶賛である。たしかに澁澤は貴重な存在ではあるが、幻想文学趣味と言っても人それぞれ。個人的にはさほど耽美である必要はなく、ましてや「血と薔薇」的なものになると痛々しくてやや苦手だ。サドよりもホフマンやポーに親しみを感じる。

「小説とは何か」にも語られるとおり、やはり小説というのは言葉の芸術で、画像がなく全ては言葉で成り立っているというのは恐ろしいことだ。
三島のいう小説の定義とは(一)言語表現による最終完結性を持ち、(ニ)その作品内部のすべての事象はいかほどファクトと似ていても、ファクトと異なる次元に属するものである。
これこれ!読者を「別次元へ案内する努力」!小説は現実や内心を離れて初めて芸術として生まれるもので、優れた作品や作家はむやみに尊敬してしまう。

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読書
「朝露の主たち」ジャック・ルーマン 作
(作品社)

カリブ海の新興国ハイチ。迷信と対立に染まった旧村。水飢饉の危機を合理的知見と和解・協力によって打開すべく奮闘する青年の物語。

ハイチ文学の父と呼ばれるジャック・ルーマンが、わずか37歳で他界する1944年に完成させた代表作。解説にもあるとおり極めて単純な筋立てで、ドラマとしてはセオリーから全くはみ出していない。
過去の殺人事件をきっかけにいがみ合う村人2派の間で恋に落ちる主人公青年と彼女。頑固な父親とやさしい母親。住民の支配と利権を目論む権力者。水不足にあっても俗信に頼るしかない頑迷な村人たちの中にあって、新たな泉の探索と水路開発に奮闘する青年の格闘。などなど、まるで連続テレビドラマを見るようなわかりやすさで、やや物足りない気はする。しかしそんなものと思って読めば話はきっちりと進むので楽しんで読むことはできる。

案外予想していたハッピーエンドではなかったが、ひとつの大きな悲しみが村人の幸せを呼ぶという悲劇。

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読書
「侍女の物語」
マーガレット・アトウッド 作
(ハヤカワepi文庫)

キリスト教原理主義者に乗っ取られたアメリカ。女性は全ての人格を奪われ、主人公は子孫を残すための機械としてある屋敷に配属される。果たして逃亡は可能なのか?恐怖のディストピア小説。

近未来SFの分類に入るかもしれないが、長編でありながらストーリー展開で読ませるものではなく、時系列も組み換えながら暗黒世界の様子をひとつひとつ丁寧に描いてゆく。
女性は名前を奪われ男性の付属品としての呼び名が与えられる。本を読むことも文章を書くことも禁止。その女性の中にもカーストがあり、地域の支配人男性の屋敷を統括する妻、そして支配人の子を産むための侍女、下働きの便利女、女たちを教育する小母。などである。

この女性に対する差別的・非人間的な扱いは、SF的な発想を用意しなくてもごく身近な現代社会から容易に類推できるものなので、遊び抜きのリアリティがあり、絶望感がただならない。
密かに進む反体制的な動きがスリリングな興奮と緊張を増してゆくが、一気にストーリーが動き出すといった仕掛けはなく、そこが作品全体の凄みとなっている。

オーウェル「1984年」、ハクスリー「すばらしい新世界」、ザミャーチン「われら」(そして先日読んだ笙野頼子「水晶内制度」も)。まだまだ私が知らないだけで、ディストピア小説の名作というものがあるものだ。

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読書
「有島武郎」ー地人論の最果てへ
荒木優太 著
(岩波新書)

小説・評論及び論争をたどりながら、有島の揺れ動く社会観・人間観を跡付けていく好著。

有島武郎は「カインの末裔」を読み返し、その他小品をすこしばかり読んだだけだが非常に好印象で、自分にとっては常に気になる存在である。
印象としては真面目で純粋、理想主義を簡単には捨てない作家。ところがこうやって種々作品の背景を解説されると、案外世の中の動きや階層間の矛盾など、社会的な視点が大きいようで自身の無知と淺読みを知らされる思いだ。
たしかに「カインの末裔」でも明らかにそれはあるのだが、主人公のきわだって特殊な人格の描写に飲み込まれてしまって、背景にまで目が届かない。さらに情景描写も美しく完成されていて下部構造に気づかなかった。しかしすべての作品の根底には、作家自身の恵まれた出自と正義感との相克があるのだから、有島特有の社会観から成り立っているわけで、今回はそこのところを思い知らされた。

ところで岩野泡鳴や本間久雄との論争などは、結論を言い合っても不毛な気がする。どうだっていじゃないか。実際有島本人も長い人生の中で揺れ動き、発言も作品もはっきりとは定まらないがそれがふつうだから。と、100年経てば言える。

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読書
「鉄の時代」 J・M・クッツェー 
(河出文庫)

以前読んでいたことに気づかず再読。

過去日記がよく書けていたのでそのまま再掲する

(mixi過去日記)2012.08.16アパルトヘイト廃止直前、騒乱の南アフリカ。癌を抱えて死を目の前にしながら、一人留まり続ける白人老婦人のモノローグ。はるかアメリカに移住した愛娘への手紙という体裁で語られる。

長年にわたって築かれた白人による支配を恥じることによって矜持を保つ老婦人カレン。しかし現実は彼女の思惑を越えて、強烈なしっぺがえしを与え続ける。反アパルトヘイト闘争のなかで、政府・警察によって追われ、殺される黒人少年たち。彼らは戦いの絆の中で死をも厭わないが、それは人間としての感受性を全て放棄した悲しい鉄の心だった。

物語は、ある日主人公カレンの家にふらりと現れたホームレスの男との、奇妙な同居生活を中心に進む。彼にとってはこの騒乱も存在しないかのごとく、ただだらしない日常がつづくのみである。

こう書くとまるで社会派小説のようだが、主人公の語り口はあまりにも個人的で、詩的言語の連続であり、人生そのものに対する深い洞察が、イメージのまま語られるので、まったく社会派小説ではない。でないと自分は読まない。

と、ここまで(mixi過去日記)の再掲であるが、今回読んでみると立派な社会派小説であり、そのうえ主人公カレンが語りすぎることにより、容赦ない現実とかけめぐる内心の相乗効果が生まれて行く。これぞ小説の醍醐味ではあるまいか。

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読書
「水晶内制度」笙野頼子 作
(エトセトラブックス)

日本国内に独立する女だけの国「ウラミズモ」。原発と少女データを経済力として、したたかに生き延びるこの国で、新たに神話を書き起こす作家である私が見たものは?驚異のディストピア小説。

第1章はおなじみ作者独特の自由で諧謔味あふれるカオスな饒舌体で書かれており、いよいよ悪夢の始まり。何が起きているのかわくわくとする。
ところが第2章以降は一転、落ち着いた語り口となり、第3章にかけて女人国「ウラミズモ」の成り立ちを裏付けるための神話書き起こし作業が滔々と進行する。これが思いの外長く、もちろん作品自体がこの神話から成立しているのだが、ここまで精密な組み立てはなくても良い気がした。読めばそれなりに納得して読んでしまうが、ミーナ・イーザ(イザナミ)やオオクニヌシ(オオナンジ)とスクナヒコナの関係など、大きな枠組みだけ説明して貰えば充分だ。

それより男はごく少数奴隷的に飼われているだけであり、女は安心して暮らせるがレズビアンは禁止。分離派と一致派のペアのふた通りの暮らし方。鼻持ちならないエリート女子学生など、薄気味悪さ満載である。

ところで作中しばしば触れられる作家である私の、男性優位の文壇での実話に基づいた戦いだが、これはかの有名な1990年から2000年代前半にかけての純文学論争と当時の笙野の扱いをもとにしている。とはいっても現代日本文学にあまり興味がなく、文壇にも疎い自分はまったく知らなかった。また論争相手の大塚英志が属する人気漫画の世界も関心がなく、圧倒的に笙野作品の方がおもしろいと思う。

2003年センス・オブ・ジェンダー大賞受賞作品。

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読書
「忘却についての一般論」
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 作
(白水社 EXLIBRIS)

1970年代アンゴラ独立闘争のさなか、密かにマンション内に身を隠し約30年を生き抜いた女性。内戦下で揺れ動く様々な人々の運命がしだいに彼女の運命と繋がってゆく。

主人公の女性はまったく部屋から出ないのだから、スタティックな小説かと思いきや、彼女の周りをめぐる役人やジャーナリスト・活動家などの動きが不穏で目が離せない。ひとつひとつの章が非常に短くここと思えばすぐあちらで出来事が起きるが、ストーリー全体は精緻に組み立てられており、いろんな人物の運命が時間が前後する中でみごとに結びついていく。

数奇な運命や謎解きが着想豊かでおもしろく、なぜ彼女は自閉的な性格となったか、足に恋文をつけた鳩は誰が飛ばしたかなど、全体を振り返ってみればややご都合主義かもしれないが、順不同で繰り出されると気にならない。閉ざされた部屋から見える外の世界と、その世界で現実に起きていることの落差が効果的だ。また彼女による詩篇も数篇挟まれており彩りを添える。

内戦自体を描いたものではないので、その悲惨さはあからさまには出てこないが、銃をとらない人々の生きていくためのやりくりが、次の出来事を生んでいく連鎖の妙味。解説にもあるとおりヒューマニスティック作品で、暴力はあるが心底悪いやつは出てこず、心温まる読後感となっている。

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読書
「サブリミナル・インパクト」
下條信輔 著
(ちくま新書)

ふだん自覚できない無意識の情動的な認知。潜在する心の働きが我々の意識に先んじて働く様子を消費や政治、創造性など様々な視点で分析する。

やはり意識して考えていることより、快・不快の感情がベースにあるだろうとは思っているが、自分が無意識のうちにどの程度思考のバイアスを受けているか知っておきたい。
脳の古い部分に分け入って報酬による「快」の働きを確かめ、情動とはなにかについて解説。しかしこの辺りのみを専門的に詳述することは避け、我々の日常社会の中でその具体例を発見していくので読みやすい。

コマーシャリズムでとられている商品を消費者の脳に記憶させる方法や、マスコミを操作して誘導する政治的報道など、現代社会ですでに多用されている潜在的情動への刷り込みも、良し悪しは置くとしても今後避けられない発達を続けるであろうこと。これには納得せざるをえない。

きわめてオリジナルに見える発見・発明・クリエイティブも、社会全体で感じている暗黙知を背景にして生まれてくる仕組みはおもしろかった。

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読書
「路地の子」上原善広 著
(新潮文庫)

大阪府松原市。昭和まっただ中。被差別地域である路地から、包丁捌きの腕と才覚で食肉業界をのし上がった男のルポルタージュ。

私も大阪出身だが遠く離れた北河内なので、物語の舞台である松原市が屠畜業盛んな土地であることは全く知らなかった。ただ大阪で暮らしていると、被差別部落の噂はどこからともなく聞こえてくる。解放同盟vs共産党の確執も、解放同盟を批判するビラやチラシを目にしたことはあったと思うが、こういういきさつだったのか。このルポの中で少しだけ登場する怪物政治家上田卓三のポスターは日常的に目にした。私が一時的に努めた八尾の小新聞社の社長はよそ者だが、解放同盟の批判記事を書いて家を取り囲まれたそうだ。

不幸な生い立ちの人間が多い被差別地域で、社会のあり方自体に問題意識を抱き改革を目指す人間もいるが、主人公のように社会構造的視野というものがなく、自身の努力と才覚で成り上がろうとするタイプもいる。したがって共産党にも解放同盟にも属さない代わりに、ヤクザや占有屋などとも同じ距離で近づきになる。

したがってこのルポは被差別部落解放の戦いの歴史では全くなく、アウトローと政治の世界を生々しく描いたもので、時々はこういうものを読みたくなる。芸術性は不要だがうまさに気づかないうちに読んでしまう文章がよい。
昨今家畜泥棒の事件も耳にするが、なるほど牛をさばける職人が1人いれば、あっというまに商品として売ってしまえるものらしい。

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読書
颱風(タイフーン)
レンジェル・メニヘールト 作
(幻戯書房)

20世紀初頭、パリに集う日本人たちとある事件をめぐるいかにも日本人的な対応。黄禍論高まる中で書かれたハンガリー作家による大ヒット戯曲。

国民が利己主義を捨て、国家のために犠牲となることを厭わない美しき民族。とてもじゃないが野蛮な西欧文明国家ではありえない特別な国。異国の中にあっても世界に目をふさぎ、日本スゴイの自己陶酔に酔いしれる。集団主義で精神主義。そんな日本人がまとまって登場。

いかにも誇張されているとはいえ、相も変わらぬ日本人の有様はまったく的確で、ヨーロッパの辺境、アジアに近いハンガリー人にもこんなにも的確に把握されているとは。その意味では日本人は当時から奇妙だがわかりやすい存在だったのではないか。

芝居自体はたいへん面白く退屈しないようにできております。

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