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漫画家まどの一哉ブログ

   
「風立ちぬ」堀 辰雄
読書
「風立ちぬ」堀 辰雄 作


ピュアな恋愛物語のように思って手を出していなかったのだが違った。死を前にした恋人とのサナトリウムでの静謐な毎日を描いた、幸福についてのノートのようなもの。二人の心のやり取りはひじょうにスタティックで、思いが伝わる伝わらないといったような日常的な心理のレベルは描かれていない。男女の愛の物語ではないのだ。


重篤な病に冒されたからこそ得られた、すべてが終わるところから始まっている二人の生活。こういう状況で必要以上になされるべきことはなく、大自然に囲まれて移りゆく季節を感じながら、それこそ風に揺らぐ蘆のように生きていくことしか、そもそも人間にはないのではないか。じつはそれが人間の幸福のありかたではなかったか。


主人公(作者)はかつて未来の恋人との今のような暮らしを理想としていたのであり、それが現実となった今、そんな過去の理想をふりかえる自分と、それを小説に書くことで満たされる自分がある。過去の理想・現在の幸福・そのことを書かれた小説の中の自分。そうやって時間を多重に追いかけることにで今感じている幸福が微妙にずれていく。幸福の感じ方も揺らいでいるのだ。


小説の構成は、サナトリウムでの静かな毎日が描かれた後、最終章では彼女が亡くなった後の作者の孤独な日々が描かれて終わる。直接死を描いた部分はなく、簡単に涙腺を刺激するような仕掛けは排除されているのが心に残る。
それにしても自然の情景描写だけでよくこれだけ美しい飽きさせない文章を繋いでゆけるものだ。これも世界文学だ。

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