漫画家まどの一哉ブログ
「西海原子力発電所/輸送」 井上光晴
読書
「西海原子力発電所/輸送」 井上光晴 作
福島第一原発事故以前に書かれた原発小説だが、事故後を知る我々にとって驚くべきリアリティを持っている。
「西海原子力発電所」では反原発の劇団シンパと原発職員の謎の焼死をめぐって、原発地元の街中にいろんな憶測が飛び交い、「輸送」では輸送中断崖から落ちたキャスクによって起きた放射能事故後、安全宣言を信じて戻って来た街に様々な異変が続発する。といった具合に直接的な社会問題はあるにはあるのだが、それはあくまで下地のようなものである。
井上光晴の魅力は社会に横たわる根源的な不確かさを、そのままにグレーで夢幻的なイメージで描き出すところ。その妙味はなんといっても会話にあって、いくら話しても齟齬ばかりが大きくなり、伝わらないもどかしさ。同意を得て話が進むということがなく、ただただ懐疑ばかりが膨らんでいく。なにかしら良くない出来事が進んでいるようだが、噂話にすぎないかもしれずはっきりしない。しかもその会話はモザイクのように様々な場所でいくつも繰り広げられ、全体で一つの塊となって話が成立する仕組みだ。非常にミステリアス且つスリリングであって解決もない。
社会派的なテーマがあってもなくても、我々にとって社会全体のイメージがつかみどころのない悪夢のように描かれており、これが井上光晴の世界であり全作品がこうであって、私にとってはたまらないゲージツなのです。
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