漫画家まどの一哉ブログ
「月と六ペンス」 サマセット・モーム 作
昔読んでたいへん面白く、新訳(金原瑞人)が出たので読んでみたがやはりたいへん面白かった。こんな小説が読みたかったのだ。
かのゴーギャンをモデルにして書かれた話だが、実際のゴーギャンはこの主人公ストリックランドのような人物ではなかろう。創作だからそれはそうだろう。ストリックランドもその妻も友人の画家ストルーヴェも愛妻ブランチもそれぞれ極端に違った個性で誇張されて描かれているので、愛憎劇がすこぶる面白くなっている。
しかしその点では疑問もある。
先ずストリックランドの我が儘で他を省みない野性的な性格だが、それは彼が画家を志す前の平凡な株式仲買人として穏やかな家庭を築いていたときもそうだったはずで、あまりに落差がありすぎて不自然な設定に思える。
また友人の画家ストルーヴェは、お人好しで裏心の無い愛すべき道化としての役どころで、絵は売れるが実に平凡で没個性的なものばかり。ところがこんな男が審美眼だけは秀でていて、いち早くストリックランドの天才性を見抜くのだが、実際そんな背反する能力があるだろうか。まあ、無くはないか…。
ストルーヴェの愛妻ブランチが最初直感的に絶対拒否していた野人ストリックランドに、結局は心奪われてしまって、凡人の夫ストルーヴェを捨ててしまうのは、心配していたとおり(笑)で、こういうことはあるもんだ。
つまりゴーギャンの生涯をなぞってはいるが、話として面白くする為に人物の役どころが誇張されているのでいささかムリな展開もあるのだろう。しかし実に興奮するようにできている。
語り手「かりにあなたにまったく才能がないとして、それでもすべてを捨てる価値があるんですか?ほかの仕事なら、多少出来が悪くてもかまわないでしょう。ほどほどにやっていれば、十分楽しく暮らしていけます。だけど芸術家という職業は違う」
ストリックランド「きみは大ばか者だな。おれは、描かなくてはいけない、といってるんだ。描かずにはいられないんだ。川に落ちれば、泳ぎのうまい下手は関係ない。岸に上がるか溺れるか、ふたつにひとつだ」
これこれ、これですよ!
ちなみに自分はゴーギャン大好きです。