漫画家まどの一哉ブログ
「差別語からはいる言語学入門」 田中克彦
読書
「差別語からはいる言語学入門」
田中克彦 著
1970年代に広がった差別語糾弾運動。これをそれまで日本語の正統的なものを決定してリードしてきた文化人・教養人などのエリート階層に対して、人民が初めて自己主張した稀なる出来事と考えるところから本書はスタートしている。時代的な理由もあろうが、この対立構造が今ひとつわからない。そんなに民衆と文化人は使う言葉が違うだろうか。線が引けるだろうか。民衆が文化人の使う言葉をまったく楽しまなかったとも思えないが…。
それはそれとして、そもそも音として意味をもっていた民衆的な日本語・ヤマトコトバに、文化教養階層がむりやり漢字を当てはめていくことにより生じる変化が、差別語の発生の問題をヌキにしても興味深い。
エッセイ風の愉快な語り口だが、あくまで言語学なので差別語の背景にある社会的要因そのものには踏み込まない。たとえば片手・片目などのカタという語は、ふたつとも揃っているソロイという概念があってこそ生まれたもので、あまり外国語にはなく、発展して片手間・片田舎など半端なものを強調するような使われ方になっているなど。
その他、オンナ・北鮮・ハゲ・屠殺・カタテオチなどいろいろ登場して、その成り立ちが明らかにされる。
「差別語からはいる言語学入門」
田中克彦 著
1970年代に広がった差別語糾弾運動。これをそれまで日本語の正統的なものを決定してリードしてきた文化人・教養人などのエリート階層に対して、人民が初めて自己主張した稀なる出来事と考えるところから本書はスタートしている。時代的な理由もあろうが、この対立構造が今ひとつわからない。そんなに民衆と文化人は使う言葉が違うだろうか。線が引けるだろうか。民衆が文化人の使う言葉をまったく楽しまなかったとも思えないが…。
それはそれとして、そもそも音として意味をもっていた民衆的な日本語・ヤマトコトバに、文化教養階層がむりやり漢字を当てはめていくことにより生じる変化が、差別語の発生の問題をヌキにしても興味深い。
エッセイ風の愉快な語り口だが、あくまで言語学なので差別語の背景にある社会的要因そのものには踏み込まない。たとえば片手・片目などのカタという語は、ふたつとも揃っているソロイという概念があってこそ生まれたもので、あまり外国語にはなく、発展して片手間・片田舎など半端なものを強調するような使われ方になっているなど。
その他、オンナ・北鮮・ハゲ・屠殺・カタテオチなどいろいろ登場して、その成り立ちが明らかにされる。
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