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「倫敦塔・幻影の盾」夏目漱石

読書
「倫敦塔・幻影の盾」 夏目漱石 作


ご承知のとおり漱石はロンドンに留学していたわけで、この短編集はロンドンを舞台にした作品を集めたものかと思っていたら、ふつうに明治日本の話もあり、要するに初期作品集であるらしい。それでも紀行文形式でロンドンを描いた「倫敦塔」や「カーライル博物館」はおもしろかった。「カーライルの顔は決して四角ではなかった。彼は寧ろ懸崖の中途が陥落して草原の上に伏しかかった様な容貌であった。細君は上出来の辣韮(らっきょう)の様に見受けらるる。今余の案内をして居る婆さんはあんぱんの如く丸るい。」はっはっは愉快愉快。


「幻影の盾」は不思議な魔力を宿す盾をもって、敵味方になってしまった愛する姫君を救い出さんとする若き騎士の話。幻想文学の王道を行かんとするような設定だが、結局盾は話の中であまり役割がなく、やはり幻想文学は漱石の得意とする範囲ではないと思われる。
漱石はアーサー王と円卓の騎士の話をおもしろがっていて、「薤露行」も「幻影の盾」もこの有名な物語を下敷きとして書かれているらしい。元ネタを知っていたほうがスラスラ読めただろうと思う。ランスロットの名前くらいしか知らなかった。


これら海外を舞台にした作品と比べて、近代日本の生活を描いた作品は、なかなかに描写がしつこく、そこをまだ書くかという偏執狂的なこだわりようだ。漱石は現実に即した作風で観念的な世界は出てこず、心理描写も常識的に理解できる内容だが、あっさりとは書かれておらず、いくら言葉にしてもまだまだ足りぬといった粘着質が感じらた。でも読んでいて飽きるということはない。

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