漫画家まどの一哉ブログ
「ヴィヨンの妻」
読書
「ヴィヨンの妻」太宰治 作しまった、新潮文庫の「ヴィヨンの妻」収録作は手持ちの岩波文庫「ヴィヨンの妻」と7割ほどかぶっていた。でも読み返した「ヴィヨンの妻」。やはり傑作である。
妻は夫が飲み屋にこしらえたツケとくすねた五千円を返済するために、その飲み屋で働き始めるが、そういった妻の明るいくよくよしない性格がダンナと対照的で、この小説が感じのいいものになっている。 夫の小説家はカネも払わないくせに、だらだらとこの店に編集者や連れ込んだ女たちと飲み続けるが、そのようすが彼女の目を通して、おもわず吹き出してしまう道化者に描いてあるのが愉快だ。 新聞に夫を批判して人非人などと書いてあるのを夫に聞かされ、「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と、さらりと言って終わるところが救われる。
私小説といっても作者自身がダラダラと自分の不品行を語るのではなく、健気な妻の語り口を通してネタにしてあるので、直接作者の内面や苦悩を聞かされずにすむのがたのしい。いまさら自分が褒めるのも恐縮だが、人に読ませるお話としての素材の扱い・調理方法が抜群にうまい。名人だ。私小説だからといって作者の生々しい心情をそのまま皿にのせて出されると、自分などはもう閉口してしまう。まあそんな閉口する作品がそれはそれとしてどんなふうに調理されているか、今後読んでいくつもり。
蛇足:太宰を尊敬して描き続けた安部慎一の漫画でいうと、「美代子阿佐ヶ谷気分」は調理されているが、「悲しみの世代」は素材そのままで、自分は「美代子〜」のほうが好きということです。PR