漫画家まどの一哉ブログ
「サードマン」 ジョン・ガイガー著
雪山や深海・極地・大洋などで死に瀕した冒険家が、ふと自分の他にもう一人の存在に気付く。それは明らかに人間なのだけれど茫漠としていて、少し離れたところから自分を静かに見守っているのだ。この不思議な存在から冒険家は大きな安心と生き残る確信を得てついに生還を果たす。世界各地で数多く体験されている「サードマン」現象。それは守護天使あるいは実在する神なのだろうか。この謎に科学的な知見を駆使して挑んだルポルタージュ。
医学的な立場から言えば、血中グルコース濃度低下や高所脳浮腫、低温ストレスなどの作用で脳が見せる幻影であるとの説がある。また人間は自然界から常に多くの情報を得るようにできているので、大雪原や大海原など極めて変化の少ない、何日進んでも情景の変わらないような単調な環境では、逆に世界をスクリーンとして脳内のイメージを投影してしまうそうだ。
だがそんな過酷な状況でなくとも、肉親の死など強いストレスを受けた場合、「サードマン」は現れる。脳科学的な研究によれば左側頭頭頂接合部に電気刺激を与えることで「サードマン」現象が起きるという。この部分は自分を身体的に認識することや、世界と自分の区分にかかわるという非常に基礎的な働きをする箇所で、いわゆる宗教体験での宇宙との一体感や、症状としてのドッペルゲンガーなども、なんらかのかたちでこの部分の誤作動のようなものであるらしい。
それで思い出したのは、臨死体験の実験で左側頭葉を刺激した時に感じた遊体離脱や、お花畑体験での幸福感だ。臨死体験は死の恐怖を和らげるための脳のシステムであるという説と、「サードマン」現象の安心感は同じものかもしれない。
もっとも「サードマン」に導かれて無事帰還できた冒険家より、導かれながらも死に至った冒険家のほうが多いかもしれないので安心はできない。古代の人間は常に右脳から「サードマン」の導きを受けていて、これが神の存在につながったという有名な説もあるそうで、人間の脳のやらかすことはまだまだ得体がしれない。