漫画家まどの一哉ブログ
「牡猫ムルの人生観」E・T・A ホフマン
読書
「牡猫ムルの人生観」
E・T・A ホフマン 作
「牡猫ムルの人生観」
E・T・A ホフマン 作
我が敬愛するホフマンの最長編小説。主人公の牡猫ムルは「長靴を履いた猫」を心の師と仰ぐ秀才猫である。オルガン技師であり奇術師でもあるアーブラハム師匠のもとで平和に暮らしているが、生来の知的好奇心と持って生まれた明晰なる頭脳を駆使して、師匠の書棚にある人文書を次々と読破し、自分でも数篇の詩作をモノするほどの英才だ。近所の学究猫グループに入るやたちまち頭角を現し、毎夜屋根の上での交流・合唱にも余念がない。また魅力的な牝猫ミースミースをめぐる恋の駆け引き。憎っくき恋敵との決闘。夭折した親友の葬儀など、その一生が目まぐるしく繰り広げられる。そして友人の尨犬ポントーがムルに書斎とは別の実生活での生き抜く知恵を教えてくれる。この尨犬ポントーたしかに俗物なのだが、ではムルはどうかというと、やはり平凡な知識人(猫)としての枠から出ない凡庸な人物(猫)なのだ。
さてアーブラハム師匠の愛弟子である宮廷楽師クライスラーは、それこそ真の創造性を持った芸術家であり、侯爵家に出入りするもその狂気の一面が人々と相容れないところである。侯爵令嬢ヘートベガはクライスラーの激しい性格に触れるや、精神の平衡を失ってしまって激情と沈鬱をくり返すありさま。友人の美少女ユーリアが寄添っているが、彼女の母親顧問官夫人ベンツォンはクライスラーを遠ざけるため、彼を修道院へ幽閉しようと画策する。これらの人々の間で鍵となるのが不思議な人物アーブラハム師匠なのだ。
というわけで、この小説は猫界の話と人間界の話が交替に出てくる、波瀾万丈、収拾のつかない迷走性を持った物語。訳文ながらホフマンの語り口の上手さにはほんとうに快感がある。
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