漫画家まどの一哉ブログ
「火山の下」 マルカム・ラウリー
「火山の下」
マルカム・ラウリー 作
(白水社)
1938年メキシコ。酒に溺れて破綻した生活を送る元英国領事。その破滅に至る1日を匂い立つ文体で綴る悪夢的傑作長編。
主な登場人物は主人公の領事と一度別れたが戻ってきた妻のイヴォンヌ。そしてイヴォンヌが一時身を寄せていた領事の弟ヒューの3人である。領事は最愛の妻が戻ってきたのに、一度自分の元を去った彼女に対して素直な喜びを表現できない。感情面でまだまだリスタートに踏み出せないのだ。
領事はアルコール中毒でありながらも日常生活はなんとか送れるのだが、身の回りの認識にところどころ幻視幻覚が混ざり、彼の行動を追って読んでいるだけでこちらも酔っているような感覚になる。
何をするにも先ず一杯飲まないと始められないし、言動は基本的にダウナーで、行動原理に合理性が乏しく迷走感満載だ。
この領事の浮遊感に魅入られてしまい、現実離れしながら生きていく楽しさと確実に破滅へ向かうであろう虚しさに引き込まれて止まらない。たとえば弟ヒューの人生を振り返ったエピソードも多く登場するが、これは素面の人間の格闘でありいわば普通である。それに比べて酒と共に生きる領事が現実を失っているのにそのまま話の主軸であるのが奇跡的であり、これも一種の幻想文学の傑作と言っていいかもしれない。
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