漫画家まどの一哉ブログ
「椎の若葉に光あれ」葛西善蔵の生涯 鎌田慧
読書
「椎の若葉に光あれ」葛西善蔵の生涯
「椎の若葉に光あれ」葛西善蔵の生涯
鎌田慧 著
破滅的私小説の代表選手葛西善蔵。
この著者のルポルタージュはさほど好みでもなかったのだが、この評伝はやわらかな手ざわりでよかった。
エゴイズムも才能のうち。葛西は自分が善かれと思っていることでも他人はそうは思わないというところに、まるで気がつかない自己中心的な人物で、しかもそれが裏表のない純真さで現されるのだから周りが扱いに困るのもムリはない。迷惑だが憎めない奴。この評伝一冊で葛西の一生がよく分かるが、葛西について書かれたものは他にもいろいろとあるようで、まさに没後も愛される葛西善蔵なのだ。ここには牧野信一や嘉村礒多など自分の好きな作家も多く登場しておもしろく読めた。自分はいわゆる私小説は大好きだが、それは作者の苦闘に共感して涙しているわけではなく、なんちゅうおもろいやっちゃ!という興味本位な感慨であっていささか邪道かもしれない。
それにしても文中多数引用される葛西の文章は美しく、ユーモアもあり、まことに心地よい。この技術あってこそ成立している困苦の作品世界。もちろん実際に葛西が経験したことを題材に書いているのだが、実は虚構がいっぱい混じっており、それはいかにも悲惨な私小説を仕上げるための創意工夫であって、信じ込んでいる読者からすれば一杯食わされているのである。
作家の倉橋由美子は、小説はナマの素材に手を加えずそのまま出されたものよりも、調理師の技巧が加わったものこそ読みたいと言っていて、自分もそのとおりだと思っていたのだが、この葛西の技術を駆使したでっちあげられた私小説は、その意味ではどういう扱いになるのか迷ってしまう。
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