漫画家まどの一哉ブログ
「ヴィルヘルム・テル」 フリードリヒ・シラー
読書
「ヴィルヘルム・テル」
フリードリヒ・シラー 作
(幻戯書房ルリユール叢書)
スイス建国の契機となった14世紀の動乱。弓矢の腕をもって悪代官を打ち倒し、民衆を勝利に導く英雄ウィリアム・テルの物語。
テルは確かに勇気と体力に秀でた英雄だが、あまり考えて動くタイプではなく、民衆の会議に参加してリーダーとなるような男ではない。目の前の困っている人のためには命も惜しまないし悪代官には屈しないが、神聖ローマ帝国皇帝には忠信をささげる案外保守的なところがある。
そのせいか3州が悪代官の圧政に反旗を翻し結束にいたるまでの経緯には全く関わらない。したがって物語が進行していく前半には意外にもほとんど登場しない。
この悪代官があまりにも絵に描いたような悪者で、虐げられた民衆には悪人はおらず、屈折した人物といえば男爵の甥が恋に焦がれて祖国スイスを裏切ろうとするが、逆に恋人に諌められるというくらいで、この恋人の女性も登場するや否や正論を説くが今ひとつどういう性格なのかはっきりしない。
かくのごとくこの作品は劇を見るものにあまりにも分かりやすく記号的に設定されており、人物の葛藤や迷い・懊悩などをリアルに描くことは省かれている。そのぶんストーリー本意で進むので楽しく読めるが、肝心のテルは物語の主軸からちょっとはずれたところで弾けている花火のような微妙な存在である。
PR