漫画家まどの一哉ブログ
「狂った果実」
映画(mixi過去日記より)
「狂った果実」
1956年
監督 中平康
原作 石原慎太郎
出演 石原裕次郎・北原三枝・津川雅彦・岡田真澄
石原裕次郎初主演のため、石原慎太郎が書き下ろした脚本。
トリュフォー絶賛、ヌーヴェル・ヴァーグに先んじる鬼才、中平康監督の名作との情報を得てから観た。
裕次郎は突出した美男というわけではないが、格好の付け方にキレがあって、独特のスカした早口で、何言ってるか聞き取りにくいまでも、昔風に言えば確かにイカしている。しかも感情表現はちゃんと伝わってくるという不思議な俳優だ。
力を持て余しながら、その力を何処へ向けていいかわからず、ひたすら日々遊び続ける不良少年の鬱屈と焦燥を描くのは、洋の東西を問わずいつの時代にもある。ただ石原兄弟の作品世界は、主人公達に金もヒマも存分にあるというのが、われわれ一般庶民が素直に感情移入できないところだろう。「そうそう、俺も学校サボって、よく家のヨットで葉山の海にでたなあ」という人がどれくらいいただろうか。車を自由に乗り回せる学生が。
もちろん階級差を問題にしてもしようがないのであって、話は兄弟で一人の女を取り合うという、単純なものだが、中平康の腕のさえなのか、緊張感のある展開で退屈しなかった。オープニングで津川雅彦の絶望的な表情がだんだんとアップになって驚いた(これはエンディングに繋がっていた)。ラストシーンで、追いつめられた裕次郎と北原三枝の乗るヨットの周りを、津川のボートがぐるぐるぐるぐる廻るのだが、このシーンが不気味に長いのも効果的。必要な長さだと思った。
ところで石原慎太郎の代表作「太陽の季節」をかなり以前に読んだとき、精薄の少女が金持ちの不良青年たちに輪姦される内容に、読後きわめて嫌悪感を持ったが、この映画にはそういうところはなかった。ちなみに津川雅彦の乗り回すボートは「sun seazon」号。
「狂った果実」
1956年
監督 中平康
原作 石原慎太郎
出演 石原裕次郎・北原三枝・津川雅彦・岡田真澄
石原裕次郎初主演のため、石原慎太郎が書き下ろした脚本。
トリュフォー絶賛、ヌーヴェル・ヴァーグに先んじる鬼才、中平康監督の名作との情報を得てから観た。
裕次郎は突出した美男というわけではないが、格好の付け方にキレがあって、独特のスカした早口で、何言ってるか聞き取りにくいまでも、昔風に言えば確かにイカしている。しかも感情表現はちゃんと伝わってくるという不思議な俳優だ。
力を持て余しながら、その力を何処へ向けていいかわからず、ひたすら日々遊び続ける不良少年の鬱屈と焦燥を描くのは、洋の東西を問わずいつの時代にもある。ただ石原兄弟の作品世界は、主人公達に金もヒマも存分にあるというのが、われわれ一般庶民が素直に感情移入できないところだろう。「そうそう、俺も学校サボって、よく家のヨットで葉山の海にでたなあ」という人がどれくらいいただろうか。車を自由に乗り回せる学生が。
もちろん階級差を問題にしてもしようがないのであって、話は兄弟で一人の女を取り合うという、単純なものだが、中平康の腕のさえなのか、緊張感のある展開で退屈しなかった。オープニングで津川雅彦の絶望的な表情がだんだんとアップになって驚いた(これはエンディングに繋がっていた)。ラストシーンで、追いつめられた裕次郎と北原三枝の乗るヨットの周りを、津川のボートがぐるぐるぐるぐる廻るのだが、このシーンが不気味に長いのも効果的。必要な長さだと思った。
ところで石原慎太郎の代表作「太陽の季節」をかなり以前に読んだとき、精薄の少女が金持ちの不良青年たちに輪姦される内容に、読後きわめて嫌悪感を持ったが、この映画にはそういうところはなかった。ちなみに津川雅彦の乗り回すボートは「sun seazon」号。
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