漫画家まどの一哉ブログ
「独房・党生活者」
小林多喜二 作
(岩波文庫)
工場労働者の立場から身分を隠して生きる潜伏活動家へ。非合法共産党員の困難な日常を体験を持って描いたリアリズム小説。
「党生活者」:日本労働運動史をまったく知らないわけでは無いが、やはり小説の形で読むと、ありありと身に迫って格別である。いかにして官憲の目をくぐり非合法の活動を持続するか。そのなみなみならぬ注意と工夫が、ヒリヒリと緊張感があってスリリング。しかしなにぶん実話ベースなので読んでいて楽しいといったものではない。
主人公佐々木以外にも登場する仲間の須山や伊藤らは実にタフで誠実で敬服に値する人物だ。特に伊藤ヨシは女性ながらも拷問にも怯まず、つねに積極的に活動を拡大させようとする労働運動の鏡のような人間だ。
それに反して主人公が選んだ同居人笠原は、まったくの小市民的で理念の無い女性。佐々木は住まい(隠れ家)と生活費の解決のためこの女性を利用している。せっかくの結婚生活でありながら佐々木は非合法活動にあけくれ、彼女(笠原)が疲れて仕事から帰ってきても夜はいないし、休日も散歩も語らいもないという、なんの私的な楽しみも無いあまりな生活。
文庫解説によるとこの作品が発表された当時も、この女性をもの扱いして利用する態度(マルクス主義者でありながら前近代的)に批判が及んだようだが、これは小説に対する批判としては真面目すぎるのではないか。
この作品はあくまで前編であり、佐々木と笠原の生活にこれだけ問題点が蒔かれていれば、書かれなかった後編で2人の関係が大いにテーマの一つとして事件化されるかもしれないではないか。
文庫併催作品の「独房」でも隣家の女性の下着を覗く話題などあるが、この小市民性を描いてこそ小説であり、プロレタリア芸術運動だからといって理念に傾注するほど名作としてしまっては、面白いものは残らない。